2020年2月16日 (日)

「特別訴訟制度」の提案と問題点

1 弁護士が集まって特別訴訟の提案の内容と問題点を考えました

2020年2月5日に大阪弁護士会の司法改革検証・推進本部の主催で、「特別訴訟問題等を考えるシンポジウム」が開かれました。
最高裁は、昨年、民事裁判のIT利用を検討している「民事裁判手続等IT化研究会」の場で「特別な訴訟手続」(以下「特別訴訟」といいます)を新設してはどうかとの提案をしました。民間の研究会に提案がされただけであり、制度化されるかは未定ですが、民事裁判のあり方にかかわる大きな問題ですので、弁護士が集まって考えることにしました。

シンポジウムでは、前記本部が昨年12月にまとめた「特別訴訟と和解に代わる決定に反対する意見書」(本部の意見であり、まだ弁護士会意見として採択されたものではありません)の内容が報告され、私は、委員として、特別訴訟の提案の内容と問題点を説明しました。その後、日弁連の関連する委員会の議論が紹介され、民訴法学者の松本博之大阪市大名誉教授が「特別訴訟制度は国民の法的審問請求権(審理を求めることができる権利)を侵害するおそれがある」という内容の講演をされました。最後に質疑・議論がありました。以下の説明は、同本部の意見書を基にしていますが、私の個人的な意見も入っています。

2 特別訴訟の提案とは

最高裁がIT化研究会に提出した資料では、特別訴訟とは、「当事者の主張と証拠を限定し、期間を制限する訴訟」と説明されています。主張を書いた書面は原則3通までとされ、証拠は厳選するとされ、即時取り調べることができるものだけです。証拠とする資料を役所や会社に取り寄せることなどはできません。迅速な裁判をめざすとして、第1回期日から原則6か月以内に結審するとしています。しかし、6か月経ったときに裁判官がまだ判断ができないと考えたときは、裁判官は通常訴訟に移行できるとされていますので、主張や証拠を我慢した当事者としては肩すかしとなり、不満を持つ人も出てくると思います。裁判官も、内心では判断ができないと思っても、能力が無いと評価されるのをおそれて、無理に勝敗の結論を出してしまう危険もあると思います。

提案では、特別訴訟の判決に対して、当事者は異議を述べることができ、異議があれば結審前の状態に戻り、通常訴訟の手続になるとされています。しかし、その後も同じ裁判官が審理をしますので、当事者には、異議を言って、もっと不利な判断にならないかとの不安があります。一旦判決を出した裁判官がどこまで追加した審理をするか、前の判断にこだわることはないかという危惧もあります。特別訴訟は、双方が同意(あるいは共同申立)をしたときだけで、双方に訴訟代理人がいるときだけできるとされています。

3 特別訴訟の問題点

(1) 裁判に求められるもの
国民が裁判に求めているのは、「充実した迅速な裁判」であって、早ければ粗雑でよいということではないはずです。裁判利用者に対する調査でも、当事者の満足度を大きく左右するものは、公正な審理と裁判官の姿勢や態度であることがわかっています。
そこで、司法改革のときに、裁判の迅速化のために「裁判迅速化法」を設けたのですが、その1条に、裁判は「公正かつ適正で充実した手続の下で迅速に」行われることを定めています。特別訴訟は、主張と証拠を制限しますので、適正、充実とは到底いえません。
特別訴訟は、裁判官にとっては省力化になります。裁判所も、裁判官を増やさずに事件を片付けることができます。しかし、国民・当事者にとっては、いわば裁判所から「丁寧な裁判は時間がかかります。この裁判は早いので粗雑でも我慢してください」と言われて、本来の裁判がそんなに遅いのなら仕方なく選ぶというものであり、押しつけられる制度ではないかと思います。
なお、日本の裁判の平均的な審理期間は約9か月で、外国と比べて早い方です。

(2) 国民の「裁判を受ける権利」を侵害するおそれ(訴訟法の諸原則を逸脱している)
憲法32条は、国民には「裁判を受ける権利」があることを定めています。裁判は、国が公権力を使って国民の権利義務を強行的に確定するものですから、裁判を受ける権利には、十分な審理を受ける権利も含まれていると解されます。
民事訴訟法も、裁判官が結審して判決を出すことができるのは、当事者が攻撃防御方法を尽くし、審理が尽くされ、「訴訟が裁判をするのに熟したとき」であると定めています(法243条)。実際の民事裁判でも、当事者双方が主張と証拠を出し合って、主張と立証を尽くし、それに基づいて裁判官が事実を認定し、法的な判断をするものとして運用されています。当事者には、裁判所に対して主張を述べ、立証する権利・権限があります。ところが、特別訴訟は、当事者の主張と証拠を提出する権利を制限して、期間がくれば結審して判決を出すというもので、これらの訴訟法の諸原則を逸脱しています。
特別訴訟は、特別な訴訟手続という名称を付けていますが、提案のとき非訟手続として制度化することも検討されており、実質は非訟手続的です。国民の権利や義務は非訟手続では裁判できないというのが最高裁決定(昭和35年7月6日大法廷)です。学者も、「迅速な処理を追うあまり、争訟的な事件を非訟手続で処理することは、憲法32条が定める国民の裁判を受ける権利を侵害することになるおそれがある」としています(三ヶ月章「民事訴訟法」25頁)。
特別訴訟の提案は、近代法の考え方を無視した制度であり、これまで、このような制度についてのまとまった研究や、学者の論文、外国の実例報告などはありません。

(3)ラフジャスティス、誤判のおそれ
審理を尽くさないのですから、当然、荒っぽい判断となり、誤判のおそれが増します。この問題を検討してきた日弁連のIT化ワーキンググループは、特別訴訟はラフジャスティスとなるから賛成できないという意見です。
今でも地裁や家裁の判決は、そのうちの2割から2割5分程度が高裁で取り消されたり、変更されたりしています。裁判官も普通の人間ですから、誠実に丁寧に裁判をしても事実の誤認や法的判断のまちがいがあります。粗雑な審理は裁判においては厳に戒められるべきものだと言えます。

(4)必要性がありません
最高裁判所は、提案に際し、この制度が必要であるという具体的な場合を何も説明していません。
IT化研究会は、2019年12月に出した報告書で、特別訴訟が「なじむ」場合として3つほど挙げています。言い換えると、必要な場合は特に無く、ほとんどの事例には、なじまないと考えているようです。
第1の例とされているのは、企業間の争いで事前に交渉があり、証拠も十分あり、争点が明確な事件です。しかし、証拠もあり、争点が明確であるのであれば、今の訴訟でも双方代理人が裁判所に説明をして比較的短期の審理で終わらせることができます。
第2の例とされているのは交通事故の損害賠償事件です。これも、争点が過失割合の判断だけであるようなときは、今でも6か月程度で和解又は判決で解決しています。逆に、後遺障害の程度などが争いになっているような事件では、主張や証拠の制限をした手続ではもともと無理です。
第3の例とされているのは、発信者情報開示請求事件(インターネットで誹謗中傷をした発信者の情報開示を請求する訴訟)ですが、今でも数回の期日で終わっています。いずれも特別な訴訟手続は必要ありません。
そもそも、研究会に提出された資料に、現行法で計画的な審理と計画審理(法147条の2、3)ができるので特別訴訟を設ける必要は無いことを暗に認める記述があります(提案資料9-2の4頁注2)。

(5) 少額訴訟、手形・小切手訴訟、労働審判など
最高裁は、少額訴訟、手形・小切手訴訟、労働審判などの特別の訴訟手続があるので、民事一般の特別手続もあり得るのではないかとしていますが、これらは、それぞれ特別の問題に関する手続で、どこの国でもその問題に即した特別な手続が設けられているものです。これらの特別な訴訟手続を十分な検討もなく一般化するというのは発想として乱暴です。

(6) 同意又は共同申立を要件としても制度として不適切
審理を求めることができる権利は、国民が持っている憲法上の権利であり、裁判官には審理をしなければならない義務があり、それは同意があっても奪えない権利であると考えられます。
一般に、裁判は、相手方があることですから、訴訟の前には予想できないことや、わからないことがあり、流動的なところがあり、見通しは難しいものです。今回の提案でも、6か月経っても裁判官が判断できない場合があることを認めています。しかも、特別訴訟では裁判官の職権が大きく、当事者・代理人は、その事件でどのような審理が実際に行われるのか、予測は容易でありません。
そもそも、国民は、充実した審理は時間がかかるという説明を聞いて、しぶしぶ特別訴訟を選んだだけであり、積極的に希望したものでありません。当初の同意を理由に、当事者の主張や証拠を制限するという発想は、国民に親切であるべき裁判所の考えることではないと思います。

特別訴訟は「早い裁判をしてほしいのであれば、主張と証拠を我慢せよ」という考え方の制度です。当事者が同意しているのであるから、少々粗雑でもよいのではないかという意見があります。しかし、裁判を医療に置き換えて考えてみたらどうでしょうか。病気の治療は病状を見ながらも問診や種々の検査など一定の時間がかかります。もし、「早い治療をしてほしいのなら、聴取や検査は少なくなります」と言って、同意した患者については、病状も十分に聞かず、検査も少ししかせずに、治療を早く終えて、それで医療として正しい姿勢でしょうか。患者の同意を取ったから問題ないでしょうか。それで患者の病気は適切に直るでしょうか。また、私は、特別訴訟の発想は、裁判官を神主に見立てて、裁判(判決)を神主のご託宣として、有り難く聞くようにという考え方のように思います。裁判官は、もちろん神様ではなく、十分な審理がないと法律と良心に従った事実認定と法的判断はできません。裁判を神主のご託宣のような制度にしてはならないと思います。

(7) 通常訴訟のさらなる形骸化のおそれ
最近の地裁の民事裁判は、人証調べや検証が減り、裁判官は迅速ばかりを求めるという当事者、代理人の不満があります。高裁の控訴審も1回だけの期日で結審するケースが約8割にまで増え、中には、それで逆転した判決が出る例もあります。そこで、近畿弁護士会連合会は、2018年8月「民事控訴審の審理に関する意見書」を全国の高裁に送り、十分なコミュニケーションと必要な証拠調べの実施などを要請しました。大阪弁護士会では、弁護士に対するアンケート調査をしましたが、地裁、高裁ともに審理が十分でないことがあるという声が出ています(「自由と正義」2013年8月号所収論文等)。特別訴訟ができますと、これでも訴訟であり、このような審理で判決も出してよいということになりますので、通常訴訟でも似たようなことが増えるのではないかとの懸念があります。

4 わが国の司法が目指すべきもの

まずは、当面の課題である民事裁判におけるIT(インターネット)利用の適切な制度設計と運用です。
そして、国民が裁判に求めているのは、迅速だけではなく、「迅速で充実した納得のいく裁判」です。そのことは裁判利用者調査が示しています。
裁判の迅速化あるいは利用しやすさを追求する方法は、第1は、外国に比べて少ない裁判官の大幅増員です。人口比で、ドイツには日本の11倍の裁判官が、また、アメリカやフランスには約4倍の裁判官がいます。裁判官の増員により、親切な裁判、そして当事者に我慢させるのではない正常な迅速化を図るべきです。
第2に、訴訟費用を援助する法律扶助の制度を貸付制から給付制にするとともに、ヨーロッパのように弁護士費用保険を整備すべきです。
第3に、証拠収集と強制執行制度を整備して、実効性のある、やってよかった民事裁判を実現する必要があります。
第4に、運用の改善が裁判官、弁護士ともに必要です。現在、期日と期日の間隔が、かつてより長くなっていますが、事案に応じて適切な進め方をするよう弁護士と裁判官双方の努力が求められていると思います。

5 意見

わが国の民事裁判制度は明治時代に外国から取り入れたもので、基盤の整備が遅れています。日弁連は、一貫して、裁判官の増員など、司法予算の増大と司法制度の整備を求めてきました(2003年10月の「裁判官及び検察官の倍増を求める意見書」等)。未だに法律扶助制度(経済的に余裕がない国民に裁判費用を支給する制度)で、先進国のなかでわが国だけが貸与制(お金が無い人からも裁判終了後に返還させています)を取っている現実などを見ますと、日本では今も裁判制度は借り物であって身に付いていないという思いがします。このような状況で、日本が、訴訟とは言いがたい奇妙な手続に走るのは後世に悔いを残すと思います。
民事裁判におけるITの利用に伴う民事訴訟法の改正の検討が今年の春から法制審議会で始まりますが、特別訴訟の提案はIT利用と関係がなく、根拠や必要性が乏しく、国民の裁判を受ける権利を侵害するおそれがありますので、この度の法改正の対象事項からは外すべきであると考えられます。(弁護士 松森 彬)

2020年1月27日 (月)

大阪の裁判の件数、裁判官の人数など(「大阪地域司法データ2019」より)

大阪弁護士会(司法改革検証・推進本部)は、大阪の司法の実情(紛争の件数、裁判件数、裁判官の人数など)を調べて「大阪地域司法データ2019」を発表しました。2008年に最初の大阪地域司法計画を発表し、2011年、2014年に発表しましたが、前回から5年経ちましたので、新たに調査が行われました。データ2019は、大阪弁護士会のホームページの新着・イベント欄のなかのお知らせ欄の2019711日の項に掲載されています。私は今回の取り組みには参加していませんが、2008年の作成のときに座長をしましたので、この度のデータを読みました。詳しくはデータ本文をお読みいただきたいのですが、主な点と私の感想を書きました。

 

1 大阪地裁の民事事件

大阪地裁の民事裁判の件数は、約15000件(2017年)で、過去5年間、大きな変動はありません。その前はサラ金の過払金の返還請求の裁判が多数ありましたが、それが一段落しました。

 

交通事故の裁判は約1600件で、5年間ほぼ変わりません。大阪府下の2017年の交通事故の件数は約36000件です。事故件数は全国でも毎年減少しています。

 

労働関係の紛争は、裁判、労働審判、調停などの方法で申立てがされます。大阪地裁の労働審判は過去5年間、約300件でほぼ同じです。行政における労働事件の相談は多く、大阪労働局が受けた個別労働相談件数は年間約21000件あります。依然として労働問題は府民にとって大きな法的問題です。

 

破産は減っています。2017年は7600件です。10年前(2007年)は約14000件でしたから、半分になっています。

 

専門的な分野の紛争ですが、建築関係の裁判は、大阪地裁で年間約140件あります。また、医療紛争の裁判は年間約100件あります。5年間、ほぼ同じです。

 

夫婦間の暴力(DV)事件は、地裁に保護命令の申立てができますが、大阪では約300件の申立てがあります。全国的に増えています。

 

2 大阪地裁の刑事事件

 

大阪地裁の刑事事件は、年間約7000件です。5年間、ほぼ変わりません。

裁判員裁判は、2017年は全国で1081件、大阪で107件(うち大阪本庁90件、堺支部17件)でした。5年間、件数に大きな変化はありません。

 

3 大阪家裁の家事事件

家事事件(離婚、相続、成年後見など)は、裁判以外の手続の件数が多く、年間約5万件あります。離婚申立てを含む夫婦関係調整の調停事件は約3200件で、5年間ほぼ同じです。なお、成年後見の申立ては、全国で年間約35000件あり、高止まりです。

 

遺言の利用は増えています。公正証書遺言の作成は、2017年は全国で11万件(5年前は約96000件)あり、大阪府下では8400件(5年前は約7000件)でした。過去に作成された自筆証書遺言が本人の死亡により行われる検認の件数は、全国で約17000件、大阪で約1000件でした。この件数はあまり変わりませんが、信託銀行などの金融機関が遺言書を預かる件数が増えています。5年前は全国で約9万件でしたが、2017年は約12万件でした。

 

4 裁判官の人数

大阪地裁本庁の裁判官数は、民事事件担当が約120人、刑事事件担当が約50人です。大阪家裁本庁の裁判官数は、家事・少年合わせて22人(家事事件担当17人、少年事件担当5人)です。

弁護士会は、裁判が迅速で充実したものとなるように、古くから裁判官の大幅増員を求めてきましたが、司法改革のときに10年かかって約2300人が約3000人に増えたものの、その後、増員幅は小さくなっています。「大阪地域司法計画2008」及び「同2011」によりますと、2006年の大阪地裁本庁の民事事件担当が109人、刑事事件担当が47人、大阪家裁本庁の家事事件担当が12人、少年事件担当が8人でした。民事事件担当が約10人増えたように見えますが、大阪地裁のような大規模庁では、一人で裁判ができない研修中の未特例判事補が多く(2017年の大阪地裁では民事事件担当で25人、刑事事件担当で13人)、全体の約2割を占めていることもあり、裁判官は実質的には増えていないといえます。

 

5 裁判外紛争処理機関

裁判所以外にあっせんを行う機関は、行政の設けたものや、民間団体が設けたものなど多数あります。公益社団法人である「民間総合調停センター」(受付は弁護士会館内)は、年間約150件の申立てを受けています。約3割が合意に至っているそうです。

 

6 地域司法計画の策定へ

大阪地域司法データは、地域の法的紛争の実情や、裁判所、法律事務所などの実情の一端がわかります。医療の分野では、地域医療計画が作られています。司法の分野でも、これらのデータに基づいて、大阪における司法サービスを充実させる施策(地域司法計画)を作成することが望まれていると思います。(弁護士 松森 彬)

2020年1月19日 (日)

民事裁判手続でのインターネットの利用(検討が始まりました)

民事裁判の手続においてもインターネットの利用が検討されています。一昨日、大阪弁護士会で、海外調査の報告も含むシンポジウム「司法のあるべき姿とはー裁判IT化のゆくえと日本の司法」があり、出席しました。

最近は、税務署に出す確定申告や法務局に出す登記申請などの手続もインターネットでできるようになっていますが、裁判手続は、ファクシミリや電話会議などの使用にとどまっています。書類の提出をインターネットで行うだけでなく、裁判書類や証拠も電子化しますと、紙を使わなくなり、裁判所の記録の整理・保管も楽になります。海外でも、程度の差はありますが、インターネットの利用(IT化あるいは電子化といわれます)は進んでいるようで、大阪弁護士会は、アメリカのニューヨーク州、カリフォルニア州、スペイン、ポルトガル、韓国の実情調査を行い、その報告が行われました。

海外調査については、詳しい報告書も配布されましたが、報告者の一人は次の5点の感想を述べられました。①ITの利用は、効率化やペーパーレスには役立つ。②インターネットのシステムは借り物ではなく、国の費用でわが国の自前のものを作るべきである。③海外でも実施には一定の時間をかけており、日本でも、一定の期間をかけて、IT化に適切な事件から進めるのがよい。④弁護士が訴訟代理人に付かない本人訴訟では、紙の使用を認めるべきで、併存になるのは仕方がない。⑤証人調べなどは、証人が遠方の場合に限るのがよい(外国でも遠方に限るものが多い)ということでした。

印象的な報告がありました。アメリカで、弁護士が「議論は裁判官と双方弁護士が直接会ってするのがよい。弁護士は、勝とうと思ったら直接裁判官に会うべきではないか」と話したそうです。近畿弁護士会連合会で、高裁の民事控訴審の充実について検討し、提言しましたが、その際、コミュニケーションの重要性が確認されました。裁判は説得や質問が必要なことから、その特徴として直接の面談が大事になるのだと思います。このあたりは裁判官には分かりにくい点で、制度を作る際に弁護士がしっかり説明をする必要があります。

税金の申告や登記の申請は1回きりの手続で、何度も読み返すということがありませんが、裁判の書面は、内容が複雑で、正確な検討が必要です。そこで、海外でも、裁判官によっては印刷して読む人もあるようです。このあたりは、慣れもあると思いますが、画像と本で理解の度合いが違ったという調査を聞いたこともあります。インターネットの記録は管理が楽で、検索がしやすいなどの利点がありますが、一覧性や使い勝手の点でまだまだ改良が求められるように思います。

裁判のITの利用は、今年春から実験的な試みが始まり、法律改正の検討も始まります。インターネットを使えない本人訴訟でどうするか、裁判の公開原則や直接主義はどう守られるのか、証人調べを行うことが適切か、審理が形骸化しないか、など検討されるべき点はたくさんあります。数年かけて行われることですが注目していきたいと思います。(弁護士 松森彬)

2019年11月 3日 (日)

裁判員制度10年のシンポジウムが開かれました

裁判員裁判の制度ができて10年になりますので、大阪弁護士会は刑事弁護の委員会と司法改革の委員会が合同で「裁判員裁判の今までとこれから」についてシンポジウムを開きました。昨日の土曜日に弁護士会のホールで開かれ、市民と弁護士が約180人出席され、私も参加してきました。

裁判員の経験をされた3人の市民の方の話しが面白かったですね。弁護士などの法律の専門職は、裁判員にはなれませんので、評議がどのように行われているかは、裁判員経験者に聞くしかありません。この3人の方もそうですが、裁判員経験者に感想を聞いた調査では、非常によい経験をしたと答えた人が64%、よい経験をしたと答えた人が33%で、よい経験であったという人が圧倒的に多く、9割を超えています。また、裁判所での評議は、わかりやすかった、また、話しやすかったという声が多く、刑事事件担当の裁判官は、相当に努力をされているなと思います。十分評議ができたという声が78%になりますが、評議時間については、短かったという意見が相当な割合でありますので、裁判所が日程に合わせて評議を急がせているケースもあるのではないかと気になります。

パネリストの1人にハイヒール・リンゴさんがなられ、「裁判員裁判ができて、何がよくなったのか」などの鋭い質問をされ、議論が締まったと思います。その点について、四宮啓弁護士は、「国民が参加することで、納得のいく裁判になる」という話しをされました。そして、今回出席された裁判員経験者も、「暴行の態様がよくわからなかったが、みんなで議論して確認ができた」、「裁判長が被告人に説諭をした話しのなかに、評議のときの裁判員らの意見が含まれていた」、「人生経験や職業など違う人が集まって議論すると、それぞれ気になる点が異なることに気付いた」、「市民は刑務所での精神疾患の治療や、執行猶予中の保護観察の実情などが気になるが、裁判員への説明が十分でなかった。これまで被告人は同じ疑問や不安があっても分からなかったと思う」などと話されましたので、私は、被告人にとっての納得が以前よりは増す裁判になっているかなと思いました。

また、裁判員の方にとっても、被害者や加害者のこれまでやこれからを考えたり、あるいは出所後の大変さなどを知ったりして、得がたい経験になったということです。それが、アンケート調査で97%もの人が良い経験をしたと感じておられる理由だと思います。

しかし、裁判員候補者の通知がきても裁判員を辞退される人が多く、2018年は67%にものぼったようです。アメリカでも陪審員になるのは義務ですが、日本の裁判員も、一定の場合の辞退が認められていますが、法律上の義務とされています。国民主権のもとでの司法制度を維持していくために、裁判員候補者に選ばれたときは、病気や家族の介護などのやむを得ない辞退理由がない限り、引き受けていただきたいと思います。

辞退する人が多い点をどうするかについて、四宮弁護士は、マスコミへの要望として、「負担だという論調が多いが、裁判所に行く日数は一部の事件を除いて、ふつうは3~5日であること、また、人を裁くという言い方がされるが、裁くというのは不正確であり、検察の有罪の立証ができているかを判断するだけであることを伝えてほしい」と話されました。

また、四宮弁護士は、「裁判員の守秘義務が強調されすぎて、裁判員裁判の意義や裁判員の満足度などが世間に伝わっていない。守秘義務の対象は、①誰が何を言ったか、②評議での票数はどうであったか、③裁判で知った関係者のプライバシーの3点だけである。裁判が終わるときに、裁判官が裁判員に『秘密を守るのはこの3点だけである』ことを確認するのがよいのではないか」という話しもされました。具体的で良い提案だと思いました。裁判所も、最近は、裁判員経験者に対して、貴重な経験を周りの人に是非伝えてほしいというチラシを渡しておられます。そのチラシが当日も配布されましたが、「公開の法廷で見聞きしたことや、裁判に参加した感想は守秘義務の対象にはなりません」と明記されています。

シンポジウムでは、裁判員制度ができたことで裁判には変化が現れており、性犯罪の処罰が重くなった、傷害致死の処罰が重くなった、執行猶予で保護観察が付く率が増えたことなども報告されました。

私は司法改革のときに弁護士会の委員会で議論に参加しました。制度ができるように国会議員に要請に行ったこともあります。10年経った現在、辞退する人が多い問題など、課題もたくさんありますが、まずは、国民の司法参加の制度が定着してきたことを喜びたいと思います。

〔参考〕

私は、最近、今年7月に文庫本で出版されたジョン・グリシャム(アメリカの弁護士・作家)の「危険な弁護士」を読みました。陪審員候補者は約200人も裁判所に呼び出されることや、そのなかから何時間もかけて12人の陪審員を選ぶ過程や、審理にはたくさんの証人が法廷に呼ばれることや、弁護士、検察官、裁判官がたくさん議論をすることが描かれています。実際にアメリカの裁判を見に行ったときもそうでしたが、当事者と市民の納得のために手間をかけ、手続を大事にしていることを感じます。

(弁護士 松森 彬)

 

2019年10月31日 (木)

最高裁での判決の見直し(少なすぎないか)

最高裁で高裁の判決が取り消される率はどれくらいだと思われますか。最高裁への申立は多く、「上告申立」が年間2000件前後あり、「上告受理申立」が年間2千数百件ありますが。「上告申立」で高裁の判決が取り消される件数は、年間わずかに2件ないし5件程度です。「上告受理申立」は最高裁が受理して審理する件数自体が40件ないし50件しかなく、原判決が取り消されるのはそのうちの20件から30件程度です。

もともと、最高裁で見直される件数はそれほど多いものではなかったのですが、改めて司法統計年報で調べてみますと、やはりかつてに比べて減っていることがわかりました。

まず、50年前の1969年(昭和44年)に上告された裁判件数は1560件ですが、そのうち48件が破棄して高裁への差戻になり、差し戻さずに最高裁が自分で結論を出した自判が6件ありました。また、和解が12件ありました。翌1970年は、総数は1214件で、そのうち差戻が62件、自判が14件、和解が23件でした。和解は最高裁が上告理由にも一定の理由があると考え、和解を勧告したからであると思われます。私も、時期は忘れましたが、最高裁で和解の勧告があり、和解をしたことがあります。 このころは、和解になった件数も含めますと、約70件から約100件で見直しがされています。上告事件の総数が今の半分以下ですが、今の2倍から3倍の件数で見直しがされており、率にして、約4%から約8%の事件で見直しがされていました。

1984年(昭和59年)ころになると、見直される件数は約50件から約70件になり、少し減ります。1984年は、上告事件総数の1783件のうち、差戻(移送含む)が22件、自判が13件、和解が22件でした。翌1985年は、総数は1898件で、差戻が19件、自判が17件、和解が14件でした。1986年は、総数が1988件で、そのうち差戻が25件、自判が23件、和解が28件でした。原判決の見直しの率は、それ以前より少し減りますが、それでも上告の3%程度で見直しがされていたことがわかります。

それでは最近はどうでしょうか。わが国の民事訴訟法は、1996年に大幅に改正されましたが、その際に、最高裁への上告が制限されました。最高裁の裁判官が15人しかいないのに件数が多いためです。改正では、上告ができる理由を制限して、その代わりに、上告受理申立という制度を設けて、それで見直しが必要な事件は救済することにしました。ただ、その後、上告受理申立が受け付けられる件数は少なく、学者から、最高裁は法律の定める以上に制限しているのではないかという意見が出ています(松本博之著「民事上告審ハンドブック」)。また、民訴法改正以降、最高裁での和解件数は一桁にまで減りました。最近は年に1件かゼロで、和解はほぼ行われていない状況です。

2015年(平成27年)は、上告での破棄が5件、上告受理での破棄が29件、和解は1件でした。なお、上告と上告受理申立の合計件数は5756件ですが、一つの紛争で、上告と上告受理申立の両方をしていることもかなり多いので、紛争としての件数は、私の大雑把な推測ですが、3000件前後ではないかと思います。そして、2016年は、上告での破棄は5件、上告受理申立での破棄が35件、和解が1件でした。2017年は、上告での破棄はゼロ、上告受理申立での破棄が21件、和解はゼロでした。見直しがされる件数の総数は、全部で約20件から約40件にまで減っています。見直しがされるのは、紛争の全件数の1%くらいでしょうか。

最高裁が高裁判決の見直しをする率は、訴訟法改正の前に比べて、4分の1とか3分の1の程度に減っているように思います。地裁や高裁の判決がそれだけ適切なものになっているのであればよいのですが、そうであるという特段の理由は考えられませんので、最高裁の上告と上告理由の今の解釈や運用が適切であるのかどうか、検討が求められていると思います。(弁護士 松森 彬)

2019年9月16日 (月)

地裁の民事合議事件は危ない(なりたての判事補が主任になっている問題)

1 地方裁判所の民事裁判は、多くが裁判官1人で審理しますが(単独事件)、事件の規模や係争額が大きな事件、あるいは複雑な事案では、裁判官3人の合議体で審理します(合議事件)。「三人寄れば文殊の知恵」と言いますが、裁判官も3人の方が事実認定も法的判断も間違いのない結論が出せると考えられます。合議事件にするか、単独事件にするかは、裁判所が提訴の段階で決めていますが、審理の途中で、裁判官の判断で、あるいは当事者からの希望で、合議体の審理に変更されることもあります。

2 問題は、今の合議体の審理には構造的に誤判になる危険があることです。

私は、これまで、何回か、地裁の合議事件の判決で事実の誤認や判断がおかしいと思った件を経験しましたが、それは、任官まもない裁判官が主任になったケースでした。東京と京都の知り合いの弁護士に、私の意見を話したところ、同様の経験をしたとのことであり、地裁の合議事件は気をつける必要があると言っていました。本来なら3人の裁判官によって説得力のある裁判ができるはずの合議事件で、なぜ勘違いや拙い事実認定があるかについて、私は、3つの問題が原因になっているように思います。

第1は、裁判官(判事補)になってすぐ、あるいは1,2年の人が主任裁判官として判決書きの原案を書くなど判断の中心に関わっていることです。なりたての左陪席裁判官も、研修の意味あいだと思いますが、主任裁判官にして、資料整理、判例検索、合議メモの作成等だけでなく、判決の第1稿を書かせています。なりたての判事補は、学校を出て、1年間の司法修習をしただけですから、年齢は若く、社会経験は少なく、裁判官の仕事に必要な事実認定の仕方や経験則の理解もほとんどできていません。

裁判官は、英米法の国では、法曹一元制度と言いまして、ベテランの弁護士から選ばれます。また、ヨーロッパの大陸法の国では、若いときから裁判官として養成しますが、若いときは一人では裁判ができません。日本も、裁判所法ができたときは、10年間は判事補として一人では裁判ができないようにしたのですが、裁判官の人数が少ないので、すぐに制度を変更して、5年経てば、特例判事補として一人で裁判ができるようにしました。そして、合議事件の場合は、裁判長ともう一人の裁判官がいるので、成り立ての人も一人前の裁判官として扱っても大丈夫だろうという発想で、一人前に扱っています。しかし、もう一人の裁判官(右陪席裁判官と言われます)は、自身の手持ちの単独事件だけで忙しく、合議事件の審理にはほとんど関与していません。実質的には、裁判長となりたての左陪席裁判官(判事補)だけで、判断し、判決を書くことになります。裁判長がチェックすることで大丈夫だろうという考えによると思われます。しかし、裁判長も、自身の単独事件も持っていますから忙しく、なかには特例判事補の誤った認定や判断を見抜くことができず、あるいは引きずられることがあります。私は、少なくとも5年以内の未特例判事補(法律上、一人で裁判ができない)は、判例の調査や証拠の整理などの下調べに制限し、原稿とはいえ判決を書かせることは止めさせるべきであると思います。研修はどの分野でも必要ですが、医療や裁判は、人の命や権利、財産に直接関わることですので、関わり方には自ずと制限を設けておく必要があります。

第2は、右陪席裁判官が実質的に合議事件の審理に関与していない問題です。このことは、ほとんどの国民が知らされていないことです。弁護士などでも知らない人もあると思われます。私も若いときは知りませんでした。右陪席裁判官も審理に参画して、合議事件の審理を充実させる必要があります。

第3は、裁判長の負担と異動の問題です。裁判長(部総括裁判官)は、自身の単独事件と合議事件の両方の負担があり、いくらベテランとはいえ仕事量は多く、負担が重いと言われています。また、部総括裁判官の場合、異動(転勤)が急に行われることがあります。わが国の裁判官は数年ごとに異動がありますが、大阪弁護士会が2012年に行った会員に対する民事裁判についてのアンケート調査では、一般に、裁判官の異動による問題を指摘する声が多数ありました。そして、部総括裁判官の場合は、定期的な異動のほかに、所長等への急な転身や、病気や公証人就任などで途中退官される裁判長の後任への異動で、急なことがあります。部総括の異動が結審直後であったりすると、評議や十分な検討の支障となり、勘違いなどの誤判の原因になる危険性があります。

3 地裁の民事合議事件は、裁判制度の重要部分を支えている部分です。最高裁は、近時、民事合議事件のあり方に問題があると感じているようで、裁判所内部で議論をしているようですが、裁判所だけでは、肝心の当事者、代理人の意見、感想がわからず、問題の把握が十分にできないと思われます。また、予算などの制約もあり、きちんとした政策が立案できないおそれがあります。私は、裁判所、弁護士会、学界で、地裁の合議事件の実情と問題の所在を明らかにして、どうあるべきかを、構造的な視点から調査検討し、必要な施策を講じる必要があると思います。(弁護士 松森 彬)

 

 

2019年7月 5日 (金)

裁判官に求められものは何か

7月3日に大阪弁護士会館で、裁判官の評価制度についてシンポジウムが開かれました。近畿弁護士会連合会(裁判官選考検討委員会)の主催で、「あなたの評価情報が裁判所を変えるー裁判官に対する外部評価情報の重要性-」というテーマでした。裁判官は、憲法で身分が保障されていますが、怠慢であったり、独善であったりすると、国民が困ります。また、かつては裁判所が思想・信条などを理由に裁判官の新任・再任を拒否したり、不当な人事差別をしたりしたこともあり、司法改革のときに、いくつかの改革改良がされました。従前からの裁判所の所長などによる評価だけでなく、弁護士などによる外部からの評価を取り入れる制度が新しくできました。これは、所長らが評価をするときに反映されることになっていますが、どう使われているかが全く分かりません。

そこで、九州、大阪、名古屋、札幌、第一東京弁護士会、新潟などでは、弁護士会が独自の裁判官評価システムを設けています。近畿では、大阪弁護士会が2014年から実施しており、今年で5年目になります。集計結果は、毎年弁護士会の6月号の月報に報告されます。氏名は公表されませんが、評価の高い裁判官と評価の低い裁判官の両方がおられることがわかります。そこには、どのようなことがあって高い評価をしたか、また、どのような理由から低い評価をしたかが書かれていますので、裁判官にとって大変参考になる資料になっています。

今回のシンポジウムでは、菅原郁夫早稲田大学教授の講演が印象的でした。菅原教授は、司法改革のときに、裁判所の協力を得て、裁判経験者にアンケートを行い、当事者が裁判を経験してどういう印象を持ったかを調べ、その後も、数年おきに調査をされている学者です。裁判利用者調査によると、当事者が裁判制度を評価するときに一番重きを置いているのは、結論や時間や費用などではなく、納得のいく審理であったかという点と、また、裁判官の姿勢や態度であったということです。

アメリカでも、裁判所の信頼度についていくつかの調査が行われているようで、その結果もお話しされました。人々が裁判所を信頼するかどうかで大きな要素になったのは、判断が公正な手続を経てくだされたという感覚を持つことができるかどうかであるとのことでした。おうおうにして、日本でも、法律家は、結果(結論)がまちがっていなければよいのでは、という結果重視になるが、人々が重視するのは、手続の公正さだということです。

そして、菅原教授は、①裁判利用者調査、②アメリカの信頼度調査、③大阪での弁護士評価の3つには共通点があり、人々は、裁判制度の評価としては、結果だけでなく、手続的視点(審理の公正さ)、人間関係的視点(裁判官の態度など)を重視していると指摘されました。

今後、適切な裁判を行っている裁判官を励まし、問題のある裁判を行っている裁判官の自省や研鑽を促し、全体として裁判制度への信頼を高めるために、現在大阪弁護士会が行っている制度を継続し、発展させていただく必要があると思いました。課題は、弁護士も忙しく、毎年、評価情報を提供する人が多くないという点です。弁護士の自覚が待たれます。(弁護士 松森 彬)

2019年6月14日 (金)

内縁の妻が遺族厚生年金を請求した訴訟で勝訴判決を得ました

国を相手にした行政訴訟で、勝訴の判決を得ました。地方裁判所(大阪地裁)の判決でしたが、被告の国と補助参加人の戸籍上の妻は控訴せず、判決は確定しました。控訴がされなかったのは、こちらから証拠を十分に出せたことや、地裁裁判官が丁寧な事実認定と法的判断を判決に書いたことがあると思います。法律雑誌等に紹介されると思いますが、同様の問題を抱えておられる人もあるかと思いますので、ケースをご説明します。

男性は、内縁の妻と夫婦として生活されてきましたが、病気で死亡されました。戸籍上の妻とは、7年8か月の間別居で、この間、2度の離婚調停がありましたが、まとまらず、死亡時は男性が提訴した離婚訴訟が進んでいました。内縁の妻と戸籍上の妻は、ともに遺族厚生年金の請求手続を行い、行政は戸籍上の妻に受給権を認めました。私は、離婚訴訟のときに男性の代理人を務めていた関係で、内縁の妻から相談を受け、国の処分の取消しを求める裁判を提訴しました。

この度、大阪地裁は、行政の処分を取り消して、内縁の妻に年金を支払うようにとの判決を出しました。このあと、内縁の妻は、男性の死亡時に遡って、遺族年金を受けとることができます。他方、戸籍上の妻はこれまでに受領した年金を国に返すことになります。

裁判の争点は、戸籍上の婚姻関係が実態を失って形骸化しているか否かの点でした。というのは、遺族厚生年金は被保険者の死亡によって遺族の生活の安定が損なわれることを防止することにありますので、籍が入っていない内縁の妻も年金を受給できることが法律で定められています。問題は、内縁の妻と戸籍上の妻の両方がいる場合であり、どちらに権利があるかが、これまでから幾つもの裁判で争われてきました。

裁判所は、法律上の婚姻制度と年金制度の趣旨の両方を考慮して、「法律上の婚姻が、実態を失って形骸化していて、事実上の離婚状態にある場合は、内縁の妻に年金受給権を認める」としています。法律上の婚姻が破綻しているから内縁の妻に支給しても婚姻法の秩序に抵触しないという考え方です。そこで、本件でも、「男性と戸籍上の妻との婚姻関係が破綻しているか否か」が審理の対象でした。破綻しているかどうかは、別居の経緯、期間、婚姻関係を維持あるいは修復するための努力、経済的な依存の状況、継続的な音信・訪問の有無、重婚的内縁関係の固定性などの点が考慮されます。

行政は、判断基準を設けていますが、別居期間についておおむね10年以上としています。本件は7年8か月程度であったこともあり、行政は、内縁の妻の受給権を否定しました。ただ、この10年というのは、あくまでも目安ですので、これまでから6年10か月のケースで、別居期間は比較的長期であり、婚姻関係は破綻していると認めた裁判例もありました(大阪地裁平成27年10月2日)。本件は7年8か月でしたが、裁判所は、相当程度長期であるとして、他の理由と合わせて婚姻関係は破綻していることを認めました。このように、行政が受給権を認めない場合でも、裁判所に持ち込めば、異なる判断をもらえる可能性はあります。お困りのときは、弁護士に相談していただくのがよいと思います。(弁護士 松森 彬)

2019年4月20日 (土)

裁判所の所持品検査の問題(家裁でも始まりました)

大阪家庭裁判所は、今年4月1日から、裁判所に来る人に対する金属探知機とX線装置による所持品検査を導入し、それに伴い出入口を1か所に制限しました。大阪地裁は昨年から導入しており、それに続くものです。大阪弁護士会の司法制度に関する委員会で議論がされ、私も参加しました。どういう問題であるかをご紹介いたします。

国民は裁判を利用する権利があり、裁判所に自由に出入りする必要があることや、裁判は公開が原則であり、誰でも裁判所に入れるようにする必要があること等の理由から、従前は裁判所で所持品を検査するようなことは行われていませんでした。最初に、オウム真理教事件の審理が行われた東京地裁で所持品検査が行われ、その後2013年に札幌高地裁、東京家裁・簡裁、2015年に福岡高地裁、2018年に大阪高地裁、仙台高地裁、千葉地家裁、横浜地裁、さいたま地家裁、名古屋高地裁、神戸地裁、広島高地裁で実施され、2019年4月から大阪家裁、京都地裁、高松高地裁などでも実施されています。朝日新聞の2019年4月19日夕刊で、各地で不満が出ていることが報道されました。

裁判所における所持品検査については、札幌、仙台、大阪、京都、香川など多数の弁護士会が、反対、あるいは実施の見送りや、慎重な検討を求める意見・要望を出しています。大阪弁護士会は、大阪高地裁に対しては2017年10月25日に慎重な検討を申し入れました。また大阪家裁に対しては、2019年3月14日付書面で「大阪家裁における所持品検査の実施は、人権侵害のおそれがあること、裁判を受ける権利や裁判の公開の原則を含めた裁判所のあり方に関する重大な問題であること、入庁方法等の変更は市民及び弁護士などに大きな影響を及ぼすこと、家庭裁判所特有の配慮が要請されることなどから、慎重な対応が必要であり、立法事実の有無、他の方策の有無、予算などを明らかにした上で、弁護士会、市民などとの意見交換を行うなどして、実施の可否についてさらに慎重な検討が行われるよう要請する」との意見を申し入れました。しかし、裁判所は4月1日から実施に踏み切りました。

国民の所持品は、憲法35条により、住居等と同様に令状なしには捜索や検査を受けることがないことが保障されています。憲法のこの規定を知っておられる人は多くないかもしれませんが、法の番人である裁判所は率先して遵守しなければなりません。最高裁昭和43年8月2日判決も「所持品検査は、被検査者の基本的人権に関する問題であって、その性質上、常に人権侵害のおそれを伴うものである」と述べています。裁判所は、仙台地裁で2017年に刑事被告人が傍聴席にいた警察官に刃物でケガをさせた事件があったことなどを実施の理由にしていますが、それ以外にどれだけどのような事件があったかを裁判所は明らかしていません。もちろん暴行等の事件はあってはならないことですが、裁判所の外では防げないわけで、ここまでのことを行うべきかは、もっと検討されるべきであると思われます。

各地の裁判所は、市役所や税務署や労基署などと同様に、市民が利用しやすく、開かれたところであることが望まれます。昨年、大分地裁に行ったときは、人員削減のせいか、玄関に守衛さんもおられないのですが、玄関と廊下で通りがかりの職員2人が「行き先はわかりますか。ご案内しましょうか」と声をかけてくれました。また、岡山地裁では、玄関を通った職員がにこやかに会釈をしてくれました。それと比べて、今の大阪の裁判所は、いかつい男性警備員が仁王立ちをして裁判の当事者らを待ち構えており、その光景は異様です。先日は、当事者の男性の靴の底の見えないところに金属が使われているらしく、靴まで脱がされて困っておられました。地域の住民のための裁判所は、人々があまり出入りしない中央省庁とは異なることを、最高裁は自覚する必要があると思います。

最高裁長官は2017年1月の裁判所時報の「新年のことば」で、ハンセン病を理由とする開廷場所の運用が違法であったことを認め、裁判所では人権に対する鋭敏な感覚を持って仕事をすることが求められると述べています。しかし、所持品検査問題については、到底鋭敏な人権感覚があるとは思えません。既に大阪地裁では、車いす利用者が、ゲートの幅が足りずに通り抜けられず、民間警備員から、身体に触れられたり、荷物を取り出されたりする事例がありました。車いす利用者らが大阪地裁に抗議と改善を申し入れ、大阪高地裁は、2019年1月、配慮を欠いた対応があったことを認めました。

所持品検査は、民間の警備会社に委託しており、大阪高地裁だけでも、年間1億2199万円という巨額な費用になっています。それだけの国費を支出して行うべき必要があることかについて、必要性、方法などを総合的に検討することが求められます。(弁護士 松森 彬)

2019年4月13日 (土)

遺言はどのくらい書かれているか

1 これまで日本では、内縁の夫婦などを別にして、遺言を書くことは多くなかったように思います。ただ、最近は、公正証書遺言の作成件数が10年前の1.5倍になったという報道もあり、増えていると言います。一体どの位の人が遺言を書いているかを調べてみました。

2 遺言は、公正証書遺言と自筆証書遺言があります。公正証書遺言の方が多く、2017年に作成された件数は11万0191件でした。2007年が7万4160件でしたので、公正証書遺言を作る人が10年で5割増えています。

また、自筆証書遺言は、毎年の作成件数はわかりませんが、死後に家裁へ提出して検認する必要がありますので、検認の件数を調べると、2017年は1万7394件でした。2007年は1万3309件で、1997年は8895件でした。死亡者数に占める割合は、1997年は死亡者91万人の1.0%でしたが、2017年は死亡者134万人の1.3%ですから、率が増えてはいます。ただ、それでも全体の1.3%です。

3 公正証書遺言は、自筆証書遺言の5~6倍程度多く作られているようですので、死亡者の7%程度でしょうか。自筆証書遺言の1.3%と公正証書遺言の約7%を足した約8%程度が、わが国で最近作成されている遺言の割合ということになると思います。

4 この約8%程度という割合は、次の検討からも言えると思います。すなわち、公正証書遺言が年間約11万件作成され、また、自筆証書遺言が年間約1万7000件程度作成されたとして(この数字は検認の件数ですが、今の作成はもっと多いと思われますので)、合わせておおよそ年間約13万件の遺言が作成されているようです。亡くなった人は、2017年の場合、年間134万人です。2017年に遺言を書いた約13万人が亡くなるのは将来で、将来はもっと死亡者数が増えると思われますので、遺言を書く人は全体の1割弱程度ということが言えそうです。また、2017年の65歳以上の高齢者人口は3515万人(人口全体の28%)です。遺言を書くことが多いと思われる60歳から80歳位までの人が毎年約13万人ずつ遺言を書くと、20年間の遺言の総数は260万件になります。これは3515万人の高齢者人口の約7%にあたります。

5 このようにみますと、最近は1割弱の人が遺言を書くようになっていると言えそうです。私は、遺言を書く人はもっと少ないと思っていました。遺言を書く人は結構増えているなと思います。

6 相続や遺言をどう考えるかは、人によっていろいろな考えがあると思いますが、私は、法律も、どういう理念でできているのかが、あいまいであると思います。たとえば遺言を望ましいと考えているのか、あるいは法定相続を原則の形と考えているのか、はっきりしません。それは、相続と遺言についての法律制度が、歴史的にさまざまあるからのようです。遺言は、古代のローマ法の時代からあったといいます。イギリスやアメリカでは遺言を書く人が多いといいますが、ドイツはそれほど使われていないとも聞きます。日本でも江戸時代に遺言に似た制度があったといいますが、明治時代以降は、遺言はあまり使われていません。財産は生前に使い切ろうと、ドブに捨てようと、全部寄付しようと、個人の自由であると言いますが、個人の財産処分の自由をどこまで認めるか、また、家族の財産保護を考えて遺留分制度を設けるかなど、国により、また時代により色々な考え方があるようです。個人の財産処分の自由の考え方に立てば、遺言による死後の財産の処分を自由に認めてよいという考え方になりますが、他方、家族にも財産について権利がある場合もあるでしょうし、また、子に渡すときは平等に扱うのが人間の平等という理念からは望ましいともいえます。今の法律は、遺留分という一定の制限は設けながら、遺言で自由に処分ができることを認めているのですが、他方で、法律は、遺言がなければ平等な相続分にするとしています。いくつもの価値観が折衷されてできている制度であるように思います。相続をめぐる紛争が少なくないのは、国として相続制度の適切なあり方や使い方について検討や情報提供が十分にできていないことも影響していると思います。(弁護士 松森 彬)

 

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