日記・コラム・つぶやき

2017年9月10日 (日)

弁護士費用が出る保険があります(事故などがあったときは調べて下さい)

日弁連が主催する「弁護士業務改革シンポジウム(第20回)」が9月9日に東京(会場は東大)で開かれ、出席してきました。日弁連は、人権、司法制度、業務などのテーマについて大規模なシンポジウムを定期的に開いています。今回は、私がかねがね大事だと思っている「裁判費用や弁護士費用が出る保険」(権利保護保険あるいは弁護士費用保険といいます)がテーマの一つでしたので、その分科会に出てきました。

ヨーロッパでは100年程前から、この権利保護保険が普及しています。日本は、随分遅れ、2000年に日弁連と保険会社が協力して、自動車保険の特約として発足させました。これは、交通事故で被害を受けた人が裁判所の費用や弁護士費用を保険から出してもらえる制度です。2015年には、この特約が付いた自動車保険は約2400万件になっているそうです。これにより、従前であれば、費用面からあきらめたかもしれないケースも、泣き寝入りをせずに、弁護士に頼んで賠償金を確保できるようになりました。

交通事故の場合だけでなく、日常生活の事故で被害を受けたときも保険金が出るものもあります。そして、契約者本人だけでなく、配偶者や同居の親族が事故にあったときも保険金が出るものが多いようです。

たとえば、①自動車を運転中に追突されてケガをした、②子どもが学校で暴力を受けてケガをした、③歩いていて自転車とぶつかってケガをした、④バイクが盗まれ、部品が壊された、などの場合に弁護士費用が保険から出ます(保険により異なりますので詳細は保険会社にお尋ねください)。

また、火災保険、家財保険、自転車保険、海外旅行保険、医療保険などでも、本人や同居の家族が生活上の事故でケガをしたり、家具が壊れたりしたときに弁護士費用が出る保険があります。

そこで、皆様が、もし、交通事故や日常生活の事故にあったときは、配偶者の保険契約も含めて、パンフレットや約款を調べてください。弁護士費用の特約が付いていれば、相手の対応が納得いかないときに弁護士に頼んで損害賠償を請求できる可能性があります。なお、どの弁護士に依頼するかは契約者が自由に選ぶことができます。

まだまだ日本は権利保護保険の整備が遅れています。今後は、交通事故と生活上の事故だけでなく、その他の紛争にも拡大することが必要です。また、中小企業はコストをかけにくいので、「中小企業のための弁護士費用保険」の普及が課題です。(弁護士 松森 彬)

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2017年7月31日 (月)

評価が高い裁判官と低い裁判官

最高裁は、2004年(平成16年)から、裁判官の人事評価の客観性を高めるために、弁護士など外部からの情報を受け付けています。ただ、最高裁の制度では情報の内容は公表されませんので、どのような意見が寄せられたかはわかりません。そこで、大阪弁護士会は、3年前に、弁護士が裁判官の審理や仕事ぶりについて弁護士会に意見を出せる制度を設けました。記録の把握、争点整理、証拠調べ、和解、判決、話し方・態度、総合評価の7つの評価項目について5段階で評価して意見が出せるようにしています。

 

今年は弁護士から合計298通(民事裁判官について174通、刑事裁判官について124通)の意見が寄せられました。大阪弁護士会の月刊誌6月号に「裁判官評価情報の集計と分析3~弁護士が見た裁判官のすがた~」が掲載されましたので、主に民事部の裁判官についてご紹介します。

 

地裁の民事部の裁判官(本庁と支部合わせて140人)については、弁護士98人から計174通の評価意見が寄せられました。総合評価について「大変良い」と「良い」の意見が計69通あり、「大変悪い」と「悪い」が計38通あったとのことです。また、高裁の民事部の裁判官(66人)については、「大変良い」と「良い」が計12通、「大変悪い」と「悪い」が計9通でした。

 

評価点数が高い民事部裁判官の上位10人は、平均値が4.34以上と高い点数でした。内訳は、地裁本庁8人、支部1人、高裁1人でした。上位10人についての評価理由を見ると、「温厚であり、丁寧だった」「双方の言い分を十分に聞いてくれた」「どちらか一方に与することなく、話し方も丁寧であった」「当事者が不公平感を持たないように配慮している様子がうかがえ、非常に好感が持てた」「双方の意見の対比表を作成するなど、文言の細かな詰めも誠実に行っていた」「暫定的心証を適切に開示し、次回以降の双方の課題を上手に導いてくれた」などだったそうです。

 

下位の10人の裁判官は、平均値が2.83以下と低い点数でした。評価理由を見ると、「不当に尋問に介入し、高圧的でとりつくしまもない」「感情的になって早口になり、何を言っているのかわからなくなる」「公平な態度を守るという基本を忘れている」「自分の思い通りにいかないことが起きると、不機嫌な表情と態度に出る」「周囲の意見が耳に入らない強権的な訴訟指揮をした」「極めて高圧的であった」「独断を押しつけて和解を勧めた」などであったそうです。

 

評価が高い裁判官と低い裁判官を比べますと大きく開きがあります。これは、大阪弁護士会が約20年前(1998年)に行った調査でも同じことが言えました。そして、この調査は3年目になりますが、評価の高い裁判官は継続して高く、残念ながら低い人は継続して毎年低い傾向を示しているようです。

 

まだまだ回答数が少なく、集団としてのおおよその傾向を示すものにとどまっており、個々の裁判官の評価を示すものにはなっていませんが、裁判官にも色々おられ、仕事ぶりも区々であることが明らかになったと思います。国民が信頼できる裁判官像を明らかにして、そのような裁判官を増やすために、この調査は今後も続けてもらいたいと思います。(弁護士 松森 彬)

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2017年6月28日 (水)

高等裁判所の控訴審についてのシンポジウムで報告をしました

高等裁判所の審理について、去る6月21日に大阪弁護士会館で弁護士会主催のシンポジウム「民事控訴審のあり方ー事例を踏まえて」が開かれ、私はパネリストの一人として報告をしました。これは、最近の高等裁判所の審理が以前と随分変わってきており、その実情と問題点を明らかにして、どうすればよいかを考えるという目的で開かれたものです。

最初に、問題があると思われる17の事例が発表され、そのうち代表的なものが報告されました。2件ご紹介します。29億円を自治体の開発公社に貸し付けた会社が、返してもらえないので裁判を起こし、地方裁判所は29億円の返済を被告に命じました。しかし、高等裁判所は、1回裁判期日を開いただけで結審し、判決では、地方裁判所のときには大きな争点となっていなかった論点で判断をして、請求を全く認めないという逆転判決を出したケースです。高等裁判所の裁判官が新たな争点について着目するのであれば、当事者にその点を言って、双方に主張や立証の機会を与えるべきではないかと考えられます。

また、養子縁組が有効になされたかどうかが争いになった事件で、地方裁判所は、母親の認知症が重く、養子縁組は無効であるという判決でした。高等裁判所は、追加して証拠を出したいという当事者の希望を認めず、1回で結審して、家族が書いた陳述書などで、母親の意思能力に問題はなく、養子縁組は有効であると、逆転の判決を出しました。これも、無理に一回で結審するのではなく、十分な反論、反証の機会を与えるべきではないかと思われます。

事例報告のあと、松本博之大阪市大名誉教授が、民事訴訟法では、高等裁判所の審理は地方裁判所の審理の続きと定めており、単に地方裁判所の判決をチェックするだけでは不十分であるという講演をされました。

そのあと、元裁判長をされていた井垣敏生弁護士と、松本名誉教授、それに私と正木みどり弁護士でパネルディスカッションを行いました。

高等裁判所は、最近は78%の事件が1回で結審しています。しかし、以前は3回、4回と開かれ、3割の事件で人証調べが行われていました。控訴される裁判の件数が増えるのに合わせて、裁判官はしんどくなったのか、どんどん人証の調べをしなくなり、最近では、人証調べが行われるのは僅かに1%です。結論が逆転するような事件でも、ほとんどの事件で裁判官は何も言わず、法廷の裁判手続は5分位で終わることもあります。黙って逆転するわけですから、当事者や弁護士からはブーイングの声が大きくなっています。

パネリストの井垣元裁判長(現弁護士)は、年間60人ほどの人証調べをされたようで、忙しくても調べをしようと思えばできると言われます。

私は、シンポジウムでは、「今の高等裁判所は1回結審オンパレードの状態にあるが、多数の問題事例が発生しており、見直しが必要だ」と発言しました。そして、「国民が裁判に求めているのは、審理の公正と充実である。1回で終わることを原則とせず、第1回期日は裁判官と当事者間で十分なやりとりをする機会にすべきである」と意見を述べました。これは、今回プロジェクトチームを組んだ弁護士の一致した意見です。「裁判官と国民との意思疎通」言い換えると「コミュニケーション」を欠いているのが今の高等裁判所の裁判だと思います。裁判制度は神さまのご託宣ではないのですから、黙って結論を言い渡すのは駄目だと思います。裁判官の思い違いがないか、考え違いがないかを考えて当事者と代理人弁護士の意見を十分に聞くことが求められます。

この日のシンポジウムには、大阪だけでなく近畿の弁護士が合計120人出席されました。また、シンポジウムの議論は法律雑誌に掲載される予定です。裁判は3回できると思っておられる国民が多いと思いますが、最高裁判所は法律的な問題の審理をするだけですので、高等裁判所が、事実はどうであったかを審理する最後の裁判所です。高等裁判所の重要さに鑑みて、もっと充実した審理をする必要があります。(弁護士 松森 彬)

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2017年6月24日 (土)

共謀罪(テロ等準備罪)法の問題点

去る6月15日に、いわゆる共謀罪(テロ等準備罪)の創設を含む法律改正が国会で可決されました。従前は共謀罪と言われ、反対意見が多く、これまで3回廃案になりました。安倍内閣は、この度、要件を変えて「テロ等準備罪」という名前にしました。この犯罪は対象があいまいであるなど、法律としていろいろな問題があることから、弁護士会は反対してきました。法律成立後、日弁連や大阪弁護士会などは会長声明を出し、今後は廃止を求める取り組みをするとしています。

成立した共謀罪(テロ等準備罪)がどういうもので、法律家から見てどんな問題があるかを説明したいと思います。

共謀罪(テロ等準備罪)は、組織的犯罪処罰法(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等の関する法律)を改正して、そのなかに定められました。処罰される行為は、「組織的犯罪集団(犯罪の実行を共通の目的として結成されている団体)の活動として、組織的な殺人やテロなどのほか、全部で277の犯罪を2人以上で計画すること」です。そのうちの誰かが資金、物品の手配や場所の下見などの準備行為をすることが必要だとされています。

近代の刑法では、心の中で思ったことだけでは処罰せず、具体的な行為として現れて初めて処罰対象になります。すなわち、「既遂」を処罰するのが原則で、「未遂」が処罰されるのは例外で、それ以前の「予備」が罰せられるのは内乱罪や殺人罪など極めて例外です。ところが、共謀罪は、この「予備」よりも犯罪実行から遠い「計画」という合意だけで処罰することになります。日本の刑事法の原則を大きく変えると言われているのは、その点からです。

共謀罪(テロ等準備罪)では、合意の内容が犯罪にあたることかどうかを判断するため、通信傍受などのプライバシーに立ち入った監視が日常的に行われ、人権が侵害されることが懸念されます。

政府が作成したQ&Aには、一般人は対象にならないと書いていますが、法律にそのような規定はなく、277の犯罪にはテロや殺人だけでなくキノコの違法採取や墓荒らしまで入っています。対象犯罪が多く、合唱サークルが楽譜をコピーすれば著作権法違反で組織的犯罪集団にされる恐れがあるという指摘があります。広く市民団体や環境団体や宗教団体などが捜査対象にされる危険があります。

元刑事裁判官をされていた木谷明弁護士は、捜査権が乱用されることを懸念すると言っておられます。これまでから、警察が労働組合の敷地に侵入して無断でビデオカメラを設置した事件があり、また、風力発電施設の建設に反対する住民の情報を警察が収集していたことがありました。警察が疑いをかければ、一般国民ではないとされるおそれがあります。戦前にあった治安維持法も、政府は法律を作るときは一般国民が対象になると言っていましたが、その後改正がされて、何万人もの人々が検挙され、弾圧されたと聞きます。

政府は、共謀罪(テロ等準備罪)を設ける理由として、国連の越境組織犯罪防止条約が組織犯罪対策のために未遂以前の段階での対応を可能とする立法措置を求めていると説明してきました。これについては、弁護士会や学者は日本では既に様々な法律で重大犯罪について未遂以前の予備などの段階で処罰する法律を整備しており、国連の条約を批准するために新たに共謀罪法を設ける必要はないと指摘していました。

弁護士や法律学者が共謀罪法に反対してきたのは、上記のような問題があるからです。警察庁は、全国の警察に慎重な運用を指示したようですが、そのこと自体、この法律の危険性を示しているように思えます。捜査の適正が確保され、国民の自由と権利、プライバシーが侵害されることがないように国民は関心を持っていただく必要があると思います。(弁護士 松森 彬)

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2017年6月16日 (金)

最高裁判事の選び方

最高裁は、司法の柱として大事な役割を担っています。サラ金の高利の問題や公害事件、えん罪事件、あるいは今年3月に判決が出たGPS捜査の裁判など、国民の権利や生活に影響がある数々の判決を出しています。

最高裁の裁判官は15人です。わが国では、最高裁判事の選任についての法律(裁判所法41条)の定めは簡単で、「識見の高い、法律の素養のある者」から選ぶとしており、15人のうち少なくとも10人は裁判官、弁護士、検察官、大学教授など法律の専門家から選ぶとだけ決めています。15人の構成は、長い間、裁判官出身者6人、弁護士出身者4人、検察官出身者2人、行政官出身者2人、学者出身者1人でした。そして、弁護士出身判事は、日弁連が内部の推薦手続を経て複数の候補者(今回は6人)を最高裁に推薦し、そのなかから最高裁が内閣に推薦し、内閣は最高裁の推薦を尊重して任命してきました。

ところが、今年1月、内閣は弁護士出身判事の後任を決める際に、日弁連が推薦した弁護士出身の候補者(6人)から選ばず、学者出身者を選びました。この人は長い間法学部の学者で昨年弁護士登録をしたばかりの人で、実質的には学者出身です。その結果、日弁連が推薦した弁護士出身者は4人から3人に減りました。

弁護士は、民事裁判の代理人や刑事手続の弁護人などが日々の仕事ですので、もっとも国民に身近な法律家だといえます。弁護士出身の多くの最高裁判事が人権感覚豊かな判断をしたり、社会の現実を踏まえ弱者に寄り添う個別意見を述べたりしてきました。アメリカやイギリスでは、法曹一元制度といいまして、地裁の裁判官などもすべて一定年齢以上の弁護士等の法律実務を積んだ法曹から選任しています。それは弁護士等の法律実務の経験が裁判官の職務に必須あるいは有益と考えられているからです。

日本でも、昭和22年の最高裁発足時は弁護士出身判事は今より多く15人中5人でした。昭和40年代に4人になりましたが、その後50年近く、弁護士出身判事が4人務めてきました。

今の内閣(安倍晋三首相)は長年続いてきた最高裁判事の選任方法を変えたのですが、なぜ変えるのかについての議論はありませんでした。今の方法は多数の法律家を知っている弁護士会や最高裁が適任者を複数選び、それを尊重して内閣が選ぶというもので、適任の法律家を選出することができる一つの方法です。選任方法を変えるにあたって特段の議論もなく、恣意的に選ぶこともできるとなると、ときの内閣が政治的に最高裁判事を選ぶこともできてしまいます。弁護士会の司法制度を検討する委員会では、今回の選任は不透明であり、問題であるという意見が出ています。

平成13年の司法制度改革審議会意見書は、「最高裁裁判官の選任過程について透明性・客観性を確保するための適切な措置を検討すべきである。」としました。しかし、日弁連が弁護士出身候補者について選考手続きを設けている以外は、透明性・客観性を確保する制度整備は行われていません。最高裁判事の選任は司法が役割を果たすことができるかどうかに関わる大事なことであり、閉鎖的になるのではなく、オープンなものに変えて行く必要があると思います。(弁護士松森 彬)

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2017年5月20日 (土)

令状なしのGPS捜査は違法(最高裁大法廷判決)

今年3月15日に最高裁は大法廷判決で、「警察が行っている令状なしのGPS捜査は違法である」という判断を示しました。最高裁が司法の役割を果たしたと思われた方は多かったと思います。

GPS捜査というのは、警察が市民の自動車に無断でGPS(人工衛星を利用して位置がわかる装置)の発信器を取り付けて居場所を捜査するもので、警察は2006年にやり方を決めて行ってきたと言います。知らないうちに車に装置が付けられて、どこに行ったか、どこにいるか等が何ヶ月も警察に知られていたのです。

日弁連は、裁判所の令状なしに行うのは違法であるという意見を表明してきましたが、裁判所の判断は違法と適法に分かれていました。ある窃盗事件の弁護人となった大阪の若手弁護士らが、それまで実態がよくわからなかったGPS捜査の問題を真正面から取り上げました。大阪地裁は違法だという判決を出しましたが、大阪高裁は重大な違法があるとはいえないという判決を出しましたので、最高裁に上告していました。

最高裁は、15人の裁判官全員一致で、「裁判所の令状なしに無断でGPSを取り付けて人の所在を調べるのは違法である」という判断を示しました。警察は、この判決のあと全国で行っていたGPS捜査をやめたようです。今後は、GPS捜査をどのような場合に裁判所の令状でもって認めるかという立法の議論になっていくと思われます。

最高裁が、このような明解な判断をしたのは、国民の基本的人権を認めた憲法があるからです。憲法35条は、人々には住居や書類や所持品を勝手に捜査されることは無い権利があると定めています。そして、最高裁は、人がどこにいるかということも、これらに準ずる「私的領域」であり、国民には私的領域に勝手に侵入されることがない権利があると判断しました。弁護団によりますと、アメリカでも違憲であるという判決が出ているようです。

大阪の捜査では、被疑者だけでなく、交際相手の車にも無断で発信器が取り付けられたと言います。それが7か月も続けられたようです。このような捜査を警察がしていることを多くの国民は知らなかったと思いますが、この度、最高裁が裁判官全員一致の意見で、令状もなしにこのようなことは許されないとしたのは、司法の面目躍如たるものがあります。

弁護団の中心になった亀石弁護士は、この事件を頼まれたとき、弁護士になってまだ4年目だったそうです。同期の弁護士らに声をかけて6人の弁護団を結成し、最高裁には「子孫が後に振り返ったときに感謝してくれる判決を」と訴えたようです。最高裁判事には検察官出身者や行政出身者もいますが、ことの重大性と司法の取るべき態度という点で一致したのだと思います。

亀石弁護士は、今、国会で議論されている共謀罪法案について、警察は恣意的に捜査することが日常茶飯事であり、法案は問題があると指摘しています。捜査の必要で人権が侵害されることがないように、慎重な議論を求めたいと思います。(弁護士 松森 彬)

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2017年5月 1日 (月)

壬生狂言を見てきました(余談)

週末に京都の壬生寺に行き、「壬生狂言」の春の公演を見てきました。法律の話題ではありませんが、ご容赦ください。

壬生狂言は、鎌倉時代に壬生寺の僧侶が仏教をわかりやすく伝えようとして始めたものだそうです。今の舞台は江戸時代に建った建物であり、演者が付ける面は約190もあり、その中には室町時代に作られたものも残っているといいますので、年季が入っています。面を付けて身振りや手ぶりだけで演じます。私は大学時代、能のクラブに入っていましたので狂言はたくさん見ましたが、セリフがある狂言と異なり、壬生狂言は面を付けて演じる無言劇です。ただ、笛と太鼓、鐘がありますので、音楽性は十分です。

公演は1週間あり、毎日5つの演目が演じられます。毎日最初に演じられるのが、ほうらく売りというお話です。これは、ほうらくという素焼きの皿を売る商人が、太鼓を売る商人を騙し、怒った太鼓売りの商人に売りものの皿をすべて割られてしまうという話しです。ほうらくは、2月の節分に参詣した人が奉納したものだそうですが、これを約1000枚も高い舞台から落として割りますので、迫力があり、約400人の観客から大きな拍手が起こっていました。また、今日の2番目の演目は「蟹どん」という猿蟹合戦と桃太郎を合わせたような話しでした。天井につるした綱を渡ったり、面を付けたまま舞台から飛び降りたり、観客を驚かせる場面も随所にありました。

西暦1300年ころに始まり、約700年も連綿と続けてきたといいます。戦争中も1日だけになっても続けられたそうです。それは、この狂言が壬生寺の本尊に奉納するためのものであったからだと思います。狂言の解説書が200円で売っていたので、買いました。それを読みますと、この狂言を演じている人は、地元の会社員や商店主や子どもなどで、約40人ほどが講を作って続けているそうです。名前も出ませんし、面を付けていますから誰かさえ分かりませんが、そんなことは無頓着に、口伝で芸を伝え、磨き、続けておられます。

京都の祇園祭りも、大文字の送り火も、地元の人が世話をして行われています。人々の地域に対する思いや心意気なのでしょうね。心強いものを感じます(弁護士 松森 彬)

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2017年4月29日 (土)

「進行協議期日」による事実上の検証

今週は、裁判官と双方当事者が裁判対象の機械が置いてある倉庫に行き、そこで機械を検分する手続きをしました。

民事訴訟法は、裁判官が事故の現場や事件に関する物を見る手続きとして「検証」という手続きを定めています。私も、これまでに交通事故の裁判や、境界確定の裁判、騒音公害の裁判などで検証を申請し、実施されたことがあります。ただ、最近は検証が激減しています。一番の理由は、裁判官が見聞きしたことや対象の物の状態などを書いた検証調書を作るのが手間であるとして、裁判所が嫌がることです。二つは、「進行協議期日」という手続きを利用して調書を作らずに事実上見に行くことが行われているからです。三つは、筆界特定制度という法務局の調査制度ができて、この制度で境界問題が解決する例が増えたことです。四つは、写真やビデオでもある程度はわかることがあると思います。ただ、写真やビデオは写っていることしか分からず、距離感、立体感などが無いので、現地や現物を見るのとは全く異なります。弁護士は現地や現物を見ますので、直接見ることの重要性を実感していますが、裁判官はその違いや実際に見る重要性が分かっていない可能性があります。弁護士が検証の申請をしましても、必要性を認めないといって検証をしない裁判官が多くなっています。私が座長になりまして数年前に大阪弁護士会で民事裁判について弁護士に意見を聞くアンケート調査をしましたが、裁判所はもっと検証を採用するべきだとの声が多数ありました。

今回、行われたのは「進行協議期日」の手続きを利用しての機械の検分でした。進行協議期日は、民事訴訟規則に規定があり、「審理を充実させることを目的として」、「証拠調べ争点との関係の確認その他訴訟の進行に関し必要な事についての協議を行うもの」です。名前のとおり裁判の進め方等について協議をする手続きなのです。進行協議期日は、民事訴訟法に定めがある制度ではなく、最高裁が平成8年に最高裁規則で新設した手続です。

ところが、本来の協議の目的でなく、検証の代わりとして使われることが増えています。裁判所としては、実際に現場や物を見ることができるうえに、検証調書を作らなくて済むというメリットがあります。また、裁判手続きは原則として裁判所で行われますが、この進行協議期日は裁判所でないところで開くこともできると定められていますので、そのこともこの手続きが検証の代わりに使われている理由です。進行協議期日で検分したことは当事者側が写真に撮って説明書を付けて証拠として出すというのが実務になっています。
当事者は、多くの場合は検証手続きで実施をしてほしいのです。その方が記録に残り、裁判官が交代したり、控訴審に行ったりしても、それを見てもらうことができるからです。しかし、検証の申請をしても裁判所が採用しないことが増えているなかで、たとえ進行協議期日であっても、裁判官に現場に行ったり、物を見てもらえるのは、裁判官によく分かってもらうという点では大いに意義がありますので、「検証はしませんが、進行協議期日で見に行きます」と裁判官が言えば、当事者はそれで甘んじているというのが実際です。

もう一つ、この進行協議期日は、高裁の控訴審で行われることが増えています。こちらは検証の代役として利用される場合に比べれば、まだ本来の目的に近いといえますが、弁論期日という正式の期日で行われてもよいのに、進行協議期日として指定されることがあります。
その理由を元高裁裁判長に聞きますと、それは裁判迅速化法ができていて、期日の回数などの統計が取られており、裁判官は裁判の期間や期日の回数に敏感になっているのですが、進行協議期日は正式の期日としてカウントされないために、一部の高裁裁判官が進行協議期日として開いているようです。しかし、裁判の正式の期日は公開ですが、進行協議期日は非公開です。また、進行協議期日は高裁の担当裁判官(3人)が全員出席せず、陪席判事が一人だけで進めますので、議論も十分にできないこともあります。そこで、当事者側からしますと、正式の期日で裁判長も入って十分な議論をしてほしいのですが、これも、検証の代役としての進行協議期日の場合と同じで、形式としては不十分でも、審理の機会が増えるのであればプラスの方が多いので、当事者側はそれに甘んじているといえます。

本来の手続きが実施されず、裁判所側の都合で、本来の目的と違う手続が便法で利用されています。乱用だという声が大きくならないのは、検分が全く実施されないよりはましだという当事者と代理人弁護士の切羽つまった気持ちがあるからです。進行協議期日は最高裁の規則で設けられたもので、国会での議論を経ていません。この手続が本来の目的を逸脱して、ルーズな裁判にしていないか、弁護士会と学者がきちんと意見をあげるべきであると思います。

今週の進行協議期日ですが、やはり物を裁判官に見てもらうことによって審理の充実に大きく寄与したと思っています。まさに「論より証拠」であり、「百聞は一見に如かず」です。相手方は、これまで具体的な事実関係の論争を避けてきましたが、現物を前にして、さすがに説明をしないわけにいかず、具体的な説明をしました。証人調べも、事実解明の審理方法として必須といえるほどに重要ですが、現地・現物を見ることも、やはり事実を裁判官が知るために、そして双方が十分な事実関係の主張をするために大変重要な意義を持っているといえます。

なお、正式の記録が作られない点について、今回の裁判では、裁判長の提案で、当事者でビデオ撮影をしてそれを証拠として提出することになりました。当事者側の現場での説明もビデオの記録に残りますので、欠点はかなり補われると思います。

裁判官と書記官の人数を増やして正式の検証をもっと増やしてもらいたいと思います。また、並行して、裁判関係者の努力・工夫で行うべきことも多いと思いました。(弁護士 松森 彬)

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2017年3月 8日 (水)

150年前の或る国の大統領(リンカーン)の考え

リンカーンの映画を見まして関心が沸き、文庫本の「リンカーン演説集」(岩波文庫)を読みました。リンカーンがアメリカの大統領であったのは1860年から1865年で、日本では明治になる直前の幕末の時代です。

私がリンカーンについて知っていたことは、奴隷制度を廃止したことと、「人民の人民による人民のための政治」という言葉を使ったことくらいでした。演説集を読んで、かなり昔であるのに国の首長がこんな言葉を使って、こういう話しをしていたのかと感心しました。当時のアメリカは、奴隷制をめぐって南部と北部で内戦をしていて連邦が分裂していました。国のトップの責任は重く、国内の議論は激しく、そのなかで思索は深まったと思われます。今の時代の首相や大統領と比較するのは適当でないと思いますが、国の首長のあり方の一つを提示していると思います。

アメリカは国が独立したときから奴隷制はあり、難問でしたが、リンカーンは奴隷制は廃止しなければならないという信念を貫きます。それとともに、国も制度も人民(ピープル)のものであると明言し、首長は人民から委託されて長を務めている公僕だと言っており、この国の民主制の古さを感じます。

約150年前の或る国の行政の首長が、どんな言葉を使って、どんな話しをしていたか、その一端をご紹介します。

(黒人の権利と奴隷制について)  「黒人は、生活、自由及び幸福の追求に対する権利において平等であります。黒人が己れの手で獲たパンを口にする権利においては、白人黒人を問わず、他のすべての者と平等であります。」(文庫本70頁)

(国や制度は人民のもの)  「この国も、その制度も、この国に居住する人民のものであります。国民が現在の政府に飽きてきた場合には、いつでも憲法上の権利を行使して、政府を改めることもできますし、あるいは革命権を行使して政府を解体し打倒することができるわけであります」(125頁)。「私の望むところは、すべての人々のために政治を司ること(人民のための政治)である」(155頁)。「(われわれが身を捧げるべきは)人民の、人民による、人民のための、政治を地上から絶滅させないため、であります」(179頁)

(公僕である)  「行政長官である大統領の持つ権能はすべて国民に由来するものであります」(127頁)。私は、アメリカ国民の公僕である(118頁)、私の権限は委託されたものである(趣旨)(118頁)

(行政の首長として何をするか)  「できる限りのことをして、各地の人民が完全に安全の保障を与えられるようにし、静かな思索と反省ができるようにしましょう。」「国家の難問を平和裡に解決し、同胞間の共感と愛情を取り戻すという方針と希望とを持って努めたいと思います。」(119頁)

(独裁制への警戒)  多数の意見が尊重されるべきで、少数派の支配は容認できない。無政府や独裁制になることは避けなければならない(趣旨)(122頁)

(アメリカという国について)  「87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、すべての人は平等に作られているという信条に掲げられた、新しい国家をこの大陸に打ち立てました。」(178頁)

(最高裁について)  最高裁の判決は行政において非常な敬意と尊重が払われるべきである。国民も、その限度において国民の政治を事実上最高裁の手に委ねたことを認めなければならない(123頁)。

上記は私が通勤途中に読んで共感を覚えた個所です。国の首長のあり方や政治のあり方を考えることができる本であると思います。(弁護士 松森 彬)

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2017年3月 4日 (土)

検察の勾留請求が却下されました

先月になりますが、逮捕された人から弁護人を頼まれた事件で、2日間の逮捕のあと検察官は10日間の勾留を請求しましたが、裁判官は勾留を認めませんでした。被疑者は罪となる事実を認めており、証拠もあり、逃亡のおそれも全く無い人です。その日のうちに釈放され、その後は自宅から警察での取り調べに通っています。証拠を隠すおそれがあるとか逃亡のおそれがあるという場合は別ですが、そうでない限り、「在宅捜査」が原則であってよいと改めて思います。本人と家族の心身の負担が全然違います。

一般に、逮捕された被疑者は48時間(2日間)以内に検察官に送致されます。捜査機関が拘束を続けたいときは、検察官は送致を受けてから24時間以内に、かつ、逮捕から72時間(3日間)以内に裁判所に勾留請求をしなければなりません。

これまでは、逮捕の後、ほとんど(9割以上)が10日間の勾留を請求され、裁判所はほぼすべて勾留を認めていました。約10年前(平成16年)に裁判官が勾留を却下したのは、1%よりさらに少ない0.3%でした。

10年程前から、少しずつですが裁判所が勾留を認めない例が増えてきました。平成26年の却下率は2.2%で、まだまだ少ないのですが、それでも10年前の7倍になっています。また、起訴されたあと判決より前に釈放する「保釈」も認められる率が増えています。平成26年は勾留された被告人のうち4分の1の保釈が認められました。

しかも、かつては地裁や簡裁で勾留請求が却下されると、検察官は準抗告(不服申立)を行い、上の裁判所が逆転の判断をして勾留が認められることもよくありましたが、今回、検察官は準抗告をしませんでした。最高裁判所が平成26年、27年に立て続けに身体拘束を安易に認めない決定を出しており、最高裁が考え方を明確に示してきていることも影響しているように思います。

日本の警察の取調べは身体を拘束して行うのが普通とされ、裁判所もそれを追認してきました。そこで、「人質司法」だと言われてきました。私が前にこのブログにも書いた志布志事件では、その後無罪判決が出た県議会議員は395日拘束され、その奥さんは273日拘束されました。否認すると保釈が認められず、うそでも自白をすると、また保釈が認められないという、まさに「人質司法」が行われました。

司法改革で、「裁判員裁判」が導入され、刑事裁判に市民が参加して、裁判や捜査の実情が人々の目の前にさらされることになりました。また、「被疑者弁護」の制度が導入され、逮捕段階から弁護士が付くようになりました。このような動きが影響しているのだと思いますが、裁判官は本当に勾留が必要かを慎重に検討するようになってきたのかもしれません。明るい兆しだと思います。弁護士と弁護士会も、弁護人活動の充実に努める必要があると思います。(弁護士 松森 彬)

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