2018年4月 8日 (日)

秘密文書の公表と報道の自由(「ペンタゴン・ペーパーズ」事件の映画)

週末に「ペンタゴン・ペーパーズ(最高機密文書)」(原題はThe Post)(スピルバーグ監督)という実話を基にした映画を見てきました。

 

アメリカの新聞社(ニューヨーク・タイムズ)が、ベトナムの問題に関する政府の長年にわたる秘密文書を入手して、1971年(昭和45年)6月13日に新聞に連載を始めました。文書には政府が国民に何度も虚偽の報告をしてきたことや条約違反や暗殺など政府に不都合なことが記載されていました。当時、アメリカはベトナム戦争(1973年に撤退)を続けていて、文書は国民に大きな衝撃を与える内容でした。ニクソン大統領(後にウォーターゲート事件の責任を問われて辞任した)は、国の安全保障を脅かすとして激怒し、6月15日、地方裁判所に対し新聞社は機密保護法に違反しているとして記事の掲載を差し止める命令を申し立てます。地方裁判所は差し止め命令を出し、タイムズは連載ができなくなりました。

 

映画は、このあと同じ文書を入手した小さな新聞社(ワシントン・ポスト)が、記事を掲載するかについて経営者らと編集者らが議論をする場面を描きます。記事を掲載して違法とされると同社は予定していた株式公開ができなくなり、経営不安になるおそれもありましたが、6月18日、秘密文書を新聞に掲載します。政府は同紙に対しても差し止め命令を求めますが、裁判所は、今回は訴えを却下します。

 

裁判は最高裁判所に持ち込まれ、最高裁判所は審理を急ぎ、6月30日タイムズに出した下級審の差し止め命令を無効とする判決を出します。反対の意見もありましたが、多数意見は、憲法は報道の自由を保障していて、文書の公表は公益のためであり、報道機関が政府を監視することは報道の自由に基づく責務であるという趣旨であったようです。(日本の学者が書かれた論文があり、それによりますと、多数意見は、事前抑制の必要性について政府は立証責任を尽くせていないという簡単なものでしたが、裁判官の多くが個別意見を書いていまして、多数意見の主な理由は上記のように言うことができそうです)。なお、日本の憲法も「言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定(21条)を設けており、報道の自由は、ここに含まれていると解釈されています。

当時ワシントンポストの編集主幹であったベン氏は、「報道の自由を守るのは報道しかない」と言って文書公表に踏み切ったと言います。こういう決断を聞くと、報道に携わる記者やジャーナリストと呼ばれる人たちには、脈々と受け継がれているプロフェッションとしての使命感があるように思います。

三権分立の一つである司法に携わる法律家、弁護士も、ときには政府などの大きな権力と対峙してでも司法の場で国民の権利や自由を守る役割があります。弁護士法は、弁護士の使命として、国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現を条文でもって規定しています。そして、弁護士が、政府などの外部の圧力を受けて国民の権利を守る仕事ができなくなることを避けるために、弁護士に対する懲戒権は役所ではなく弁護士会に認められています。

裁判官や弁護士らと異なり、ときに刑事罰のおそれも感じながら身体を張ることになる記者は大変です。外国でも日本でも、ジャーナリズムについて継続して議論が続けられ、実践されているようです。弁護士の使命やあり方についても、議論や実践が重ねられ、次の世代に引き継ぐことができればと思います。(弁護士 松森 彬)

 

 

2018年3月31日 (土)

今の民事裁判の問題(民事訴訟法施行20周年シンポジウム)

今の民事訴訟法が施行されたのは1998年1月でしたので、今年1月でちょうど20年になります。日弁連は、日本民事訴訟法学会の協賛を得て、民事訴訟法施行20周年シンポジウムを3月29日に開催しました。大阪でもテレビで視聴ができましたので、議論を聞いてきました。

 

20年前の新法で改正された主な点は次の4点です。①争点及び証拠の整理手続の整備、②証拠収集手続の拡充、③少額訴訟手続の創設、④最高裁への上告の制限です。今回のシンポジウムは、このなかの①の争点整理が取り上げられました。

 

日本の民事裁判は、かつては、やりとりは当事者の代理人である弁護士に任され、裁判官はあまり指揮をしませんでした。そのため、裁判のなかには、互いの主張がどうなるかがわからず、漂流式であると揶揄されたり、小刻みにだらだらと主張がなされ、五月雨式だと批判を受けたりする裁判もありました。その点は、新法ができたあと、裁判官と弁護士の努力で、かなり改善されてきましたが、現状の審理の課題について議論がされました。

 

最初に、法改正に携わられた高橋宏志教授が講演をされ、「改正点のなかの人証の集中証拠調べは予想以上に定着したが、新法のねらいの一つであった口頭議論での争点・証拠整理は、20年経って当時の熱気が失われ、形骸化しているように思う」と話されました。私は、今の民事訴訟に必要なものとして「口頭主義」が指摘されて、大変心強い思いがしました。私たちは、今、大阪弁護士会で、高裁の民事控訴審の形骸化を問題にして調査・研究をしているのですが、高裁では口頭議論がほとんど行われなくなっています。

 

パネルディスカッションでは、裁判官、弁護士、学者が争点整理の実情と改善策について議論されました。「少しずつ長期化しているのでは」、「口頭でのやりとりが大事だ」、「弁護士の準備が不足していることも」、「裁判官ももっとイニシャティブをとるべきでは」、「裁判所と弁護士が争点と証拠について認識を共有化することが必要だ」などの意見が出されました。「裁判官と弁護士ともに研鑽がもっと必要だ」という点は一致した意見であるように思います。

 

私は、この日のシンポジウムの議論を聞いていて、2点気になりました。

 

一つは、最近、認識の共有化をはかるために裁判官が「暫定的心証開示」をするという提案があり、この日も意見交換がされましたが、その内容については人により理解が異なり、まだ議論がいる課題であると思います。私は、裁判官は予断と偏見を持たずに審理にあたるべきで、必要なことは、主張や立証を確認したり、自分の持った疑問点を質問したりすることであるように思います。

 

また、「争点の整理」というのは、裁判官の仕事に着目した言葉遣いであると思います。今、争点整理と呼んでいる段階を、新民事訴訟法ができる前は、「弁論」と言っていました(当事者が意見を述べたり、議論したりすることに着目していたのです)。そこで、「弁論の活性化」という名称で議論していたのですが、その議論が新法の争点整理手続の整備につながりました。いうまでもなく、裁判で重要なことは、事実と法的主張が当事者からしっかりなされ、それについて充実した議論と証拠調べがなされることです。争点の整理は、そのための手段にすぎません。国民の訴えを聞くことが裁判という作業の要であって、争点の確認は、裁判官が効率よく判断すべき点を探るための工夫だともいえます。「整理する」という名のもとに、当事者の訴えや主張が軽々に切り捨てられたり、主張の確認や整理が裁判の中心だと誤解されて、主張だけで勝ち負けの心証が形成されたりすることがないように、実務法律家は注意する必要があります。

 

シンポジウムの議論を聞いておられたベテラン弁護士が、「裁判は弱者が切り捨てられないようにする配慮がいる」と感想をもらされましたが、大事な指摘だと思いました。実際の世の中は契約や取り決めをいつも書面にしているわけでなく、また、会社と個人では情報に大きな差があり、裁判をしながら証拠を収集することも必要になります。裁判では、そのような配慮も必要で、争点と証拠の整理を急ぐあまり、弱者が切り捨てられないようにすることが必要です。

(弁護士 松森 彬)

2018年3月19日 (月)

企業内弁護士が20人に一人に

弁護士は法律事務所で顧客のために裁判や交渉などの仕事をしている人が多いのですが、最近は会社で仕事をしている人もいます。「企業内弁護士」(インハウスロイヤー)といいます。自治体等で仕事をしている任期付公務員の人と合わせて「組織内弁護士」と言ったりします。

企業内弁護士との協働を考えると題したシンポジウムが2018年3月1日に大阪弁護士会館であり、出席してきました。企業内弁護士は、司法改革で増えていまして、現在は2106人です。現在の日本の弁護士数は4万0069人ですから、20人に一人、率にして5%を占めるに至っています。日本組織内弁護士協会という団体もできています。

約2100人のうち、東京の弁護士会に約1700人が所属していて、8割を占めます。大阪は130人で、京都が50人、愛知県が40人などです。企業内弁護士が多い会社は、ヤフー(28人)、三井住友銀行(20人)、野村證券(20人)、三菱商事(20人)、丸紅(15人)などです。かつては外資系企業が多かったのですが、日本企業が増え、メーカーでも増員されています。

企業内弁護士が増えている原因は、企業側の事情としては、会社のコンプライアンス(法令遵守)の重視や経済のグローバル化で、会社が法務機能を強化しようとしていることがあるようです。供給する弁護士側の事情としては、司法試験合格者数が増員され、弁護士が増えたことが一番の理由です。

司法改革で法律家の増員をはかる議論をしたときは、法律実務の経験を積んだ弁護士が会社や役所に入って行くことで法的な思考や法的な処理が広まることを期待し、想定していたのですが、最近は、そのコースの人もおられますが、法科大学院を出てすぐに会社に入るという例が増えているようです。会社に勤めていた人が司法試験を受けて、その会社に戻られる例もあります。会社としては、法律知識のある優秀な人がほしいのであって、実際の裁判は専門の顧問弁護士に依頼するので、実務経験はなくてもよいということかもしれません。

組織内弁護士が多いのはアメリカで、ドイツなどは全体の1割程度だと思います。興味深いのは、フランスで、企業内弁護士を認めていません。それは、弁護士は一切の圧力や影響を受けることなく依頼者である個人や企業の権利を守る必要がありますが、企業内弁護士は業務の独立が保障されないとして、認めていないようです。国によっては、法律事務所で代理や弁護の仕事をするときは、弁護士会に会費を払い、また業務の独立が保障されるが、企業内弁護士の場合は、そのような権限や義務が無いとしています。

日本でも、弁護士の業務の独立を確保するために、弁護士に対する懲戒権は弁護士会に認められ、弁護士は国や都道府県の監督を受けていません。これは、弁護士自治といいまして、税理士や司法書士には無い制度です。この制度があるので、弁護士は役所などの圧力や嫌がらせを受ける心配をすることなく、個人と企業の権利を守るために申立や裁判をすることができるのです。

企業内弁護士が、勤務先の会社の要請と弁護士倫理の要請との板挟みになったという例はまだ無いと聞きましたが、今後は企業内弁護士の自由と独立という問題が出てくるかもしれません。企業内弁護士は本格的に始まってまだ10年余りです。企業のコンプライアンスの充実などの成果が期待されますが、制度の検証、検討も続けていく必要があるように思います(弁護士 松森 彬)

2018年2月28日 (水)

遺族年金を内縁の妻は受けとることができるか(行政と裁判所で基準が異なります)

遺族年金は、「その人によって生計を維持していた遺族」が受けとることができます。婚姻届を出していない内縁の妻(あるいは夫)でも、事実上婚姻状態と同じであった人は、遺族年金を受けとることができます(ここでは内縁の妻について説明しますが、内縁の夫の場合も同じです)。

問題になるのは、内縁の妻と戸籍上の妻の両方があるときです。どちらが年金を受けとることができるかをめぐって、裁判になることもあります。法律(厚生年金保険法)の解釈がどうなっているかですが、婚姻制度を法的に保護する必要があることと、年金は遺族の生活を保護するためのものであることの両方の趣旨を考えて、「戸籍上の婚姻関係が形骸化していて、事実上離婚状態にあったときは、内縁の妻が年金を受けとることができる」と解されています。婚姻関係が形骸化しているかは、別居期間、音信・訪問の有無、経済的な依存関係の有無、婚姻関係を修復する努力の有無などを見ることになります。

婚姻関係が破綻しているかどうかの判断基準は、行政と裁判所で少し異なります。いずれも国の機関であるのに基準が異なるのは国民としては困ったことですが、現実にそうですので、その点をご説明します。

行政(厚生労働省、日本年金機構)は、別居期間は「おおむね10年程度以上」とする基準(局長通知)を設け、それより短い期間では、婚姻関係はまだ破綻していないと判断することが多いようです。しかし、裁判所は、別居期間が6年10か月のケースでも婚姻関係は破綻していたとして内縁の妻が年金を受けとることができると判断しました(大阪地裁平成27年10月2日)。民法の改正案として、別居が5年以上続いているときは離婚を認めてよいのではないかという提案がありますが、裁判では、別居が10年より短くても婚姻関係は破綻していると認めてよいと考えられています。

また、生活費などが戸籍上の妻に支払われていたときは、行政は婚姻関係は破綻していないと判断することが多いのですが、裁判所は、お金の支払いがあっても、婚姻関係の実体が失われているときは内縁の妻を配偶者と認めています(大阪高裁平成26年11月27日判決等)。

行政は、判断にバラツキが出ないように基準(厚生労働省局長通知)を設けていて、たとえば別居期間はおおむね10年程度以上としており、行政の職員は、その基準に従って仕事をします。しかし、局長通知は法律ではなく、法的効力はありません。裁判では、法律の趣旨に基づいて個別のケースごとに判断しますので、たとえば10年より短い別居期間でも内縁の妻が配偶者と認められることがあるわけです。

私は、内縁の妻の年金の問題については、最近のいくつもの判例で、法律の解釈が確立していると思いますので、行政は、今の局長通知を早急に判例に則した内容に改正すべきであると思います。行政の基準を改正しませんと、裁判に訴えた国民は年金を受けとることができますが、裁判をしない国民は年金を受けとることができないという不公平な結果になるからです。(弁護士 松森彬)

2018年1月18日 (木)

裁判所の所持品検査の問題

大阪地裁は、今年1月9日から所持品検査を始めました。裁判所の玄関に、空港にあるような金属探知機が置かれ、そこを通って入ることになります。朝日新聞の正月明けの大阪版に記事が出ていましたが、ご存知でない方も多いと思います。大阪弁護士会は、問題や弊害を指摘して慎重な検討を求めていましたが、実施されました。私は、昨日、その光景を見まして、これまでの静かで穏やかであった裁判所玄関とは異なる物々しい雰囲気に驚きました。

裁判所での所持品検査は、最初は、東京地裁でオーム真理教の裁判のときに始まったと思います。ただ、オーム真理教の裁判が終わったあとも続いています。最高裁は、その後、札幌や福岡でも始め、今年からは大阪、仙台などで始めたようです。民間の警備業者に相当な額を払って委託しています。検事、弁護士は検査の対象外にしています。東京地裁に依頼者の方と行ったときに、弁護士が入るゲート(バッジか身分証明書を見せるだけで検査がない)と一般の方のゲート(検査がある)があり、分かれて入るのですが、弁護士は検査がなく、依頼者の方は検査を受けておられ、申し訳なく思いました。

裁判所の弁護士会に対する通知によりますと、所持品検査を始める理由は、裁判所に来る人の安全を図るためということです。数は少ないのですが、昨年、仙台地裁で保釈中の刑事被告人が傍聴者を刃物で傷つける事件があったことや、大阪地裁でも刃物を持っていた人がいたことがあるようです。

ただ、長く大阪で弁護士をしている者からしますと、本当に必要かという思いがします。少なくともこの数十年間に所持品検査をしなければならないと思うようなことはありませんでした。そこで、大阪弁護士会の司法制度を検討している委員会では、所持品検査まで必要かについては懐疑的な意見が大勢でした。

裁判所の所持品検査については次のような問題があると思います。

第1は、「所持品」のプライバシーは、憲法35条が、住居などと並んで、裁判所の令状なしに勝手に検査を受けることが無い私的領域であるとして保護していることです。昨年、京都国立博物館では博物館に来られた国民のカバンを明けさせるという乱暴な所持品検査をしていました。所持品検査は、権利を侵害するものだという認識の無いままに無造作に行われているように思います。

第2に、国民が利用する「裁判所」であるが故の問題です。国民は、裁判所で「裁判を受ける権利」を憲法で持っています。そして、「裁判の公開」が必要です。弁護士会は、わが国の司法や裁判所は、必ずしも国民にとって利用しやすい、親しみやすいところにはなっていないとして、高校生や市民を対象とした裁判傍聴の運動も進めてきましたが、所持品検査は、逆の方向のものではないかと思います。アメリカの裁判所に行ったときは、銃を所持していないことを調べる検査がありましたが、わが国は少なくとも銃の危険はありません。裁判所は、施設内で事件があれば責任を問われるという心配から警備を強化しようとしているのではないかと思います。しかし、裁判所は、国民のために裁判を行うサービス機関であることを一番に考えるべきです。いかめしく、ものものしい裁判所では、ますます国民から遠い存在になるのではないでしょうか。

警備は単に抽象的に議論すると強化に向かうおそれがあります。具体的に危惧していることは何か。それの対策としてどこまでのことが必要か。また有効か。裁判の当事者や傍聴する市民や法律家の権利を侵害しないか。他に代わりの良い方法はないか。今回の所持品検査の導入は、これらの検討が外部の意見も聞いて十分になされたと思えません。状況を見て、見直しや廃止が検討されるべきだと思います。(弁護士 松森 彬)

2018年1月 1日 (月)

2018年正月の新聞を読んで

新年おめでとうございます。

いくつかの新聞の社説を読んでみました。論説委員の皆さんは今年の課題をどう見ておられるか。

今年の社説は、「民主主義」を取り上げる記事が多数見られました。それだけ、危機感があるからでしょうか。そして、財政や社会保障、環境問題など中長期的政策の議論ができていないという指摘も多数ありました。

朝日新聞は、安倍政権が5年になるが、政権維持が自己目的化し、財政再建や地球温暖化対策などの政策課題が積み残しになっていると書いています。場当たり的な政権運営ではなく、「民主主義の時間軸を長くする方策がいる」と提案しています。具体的には、財政再建をチェックする第三者機関の設立や、国会に若い人の声を送りこむ制度や、解散権の制限などを提案しています。

また、毎日新聞も「民主主義の統合機能」の必要性を提言しています。アメリカで国論が大きく二分し、またイギリスやスペイン、ベルギーでは独立問題を抱え、日本でも基地負担に苦しむ沖縄の問題があります。記事は、異論を認め合い、結論を出すという民主主義の統合機能を再認識すべきではないかと書いています。

東京新聞も、「明治150年と民主主義」という社説です。明治の初めも民衆は公平を求め、人民主権を求めた。戦後の憲法は、1948年の世界人権宣言が基底にあり、押しつけという政治家もあるが、国民多数は歓迎した。今の日本の民主主義はどうか。「一強」政治があり、首相は謙虚を言いながら独走を続けている。ヨーロッパには全市民が集まった広場があったが、今の日本では議会がその役割を果たすべきでないか、と書いています。

読売新聞の社説は、前半は北朝鮮問題を取り上げ、後半で、中長期的な課題に取り組む必要性を指摘しています。国民の間には、少子高齢化に伴う将来への不安感が蔓延しており、医療、介護、年金制度と税という国民負担を議論する必要があると書いています。その点は、日本経済新聞も同様で、超高齢化社会を乗り切るために、社会保障と財政の見取り図をきちんと描くことが最重要であると書いています。

事前に意見交換されたわけではないでしょうから、たまたま同じような問題意識になったのだと思います。民主主義を改めて議論しなければならないとは、という思いもします。しかし、ほとんどの国民はきちんとしていて、今、政治家や官僚がしていることより、はるかに誠実だと思います。それからすれば、民主主義の実践はそれほど難しいことではないはずです。これからの人と政治に期待したいと思います。(弁護士 松森 彬)

2017年12月25日 (月)

NHKの受信契約は何故結ばなければならないか(最高裁判決)

最高裁は、12月6日、NHKが受信契約を結ばない人に受信料の支払いを求めた民事裁判で、契約締結を求める放送法の規定は合憲であり、テレビを設置したときから受信料を支払う必要があるとする判決を言い渡しました。

最高裁で争われたのは、2006年にテレビを設置した男性が受信契約をせず、2011年にNHKは男性に受信契約を申し込みましたが、男性は、放送が偏っているなどの理由で拒否したというケースです。2011年にNHKが裁判を起こし、男性は、受信契約の強制は契約の自由を保障した憲法に違反すると訴えていました。

判決は、最高裁のホームページの最近の裁判例で見ることができます。社会的影響が大きい裁判ですから、判決文は長く、丁寧に書こうとした感じはします。しかし、判決は法律解釈としてはなかなか苦しいところがあるように思います。その原因は、法律(放送法)が契約を締結しなければならないと決めていますが、契約を締結をしなかったときのことを何も定めていないことにあります。そこで、木内裁判官は、放送法の規定からは多数意見のような結論は出せないとして、NHKの請求を認めないとする反対意見を述べました。

私は、これまで、NHKの受信料については、漠然と、広告収入がないNHKが受信料を求めて、それによって運営されるという制度もあり得ることかなくらいに考えていただけですが、この判決を読んで、また、少し調べて、いろいろ考えさせられました。

まず、国により、又、時代により、公共放送と呼ばれるものには様々な形のものがあることがわかりました。直接国による国営放送として行われている国もあれば、NHKのような公共放送は無いという国もあります。公共放送がある国でも、日本のように罰則のない受信料制度の国もあれば、受信料を税金として徴収している国、あるいは電気料金と一緒に集金している国もあるようです。

昭和25年に放送法ができて、NHKは受信料で運営されることになりましたが、当時は未だテレビ放送は行われておらず、受信料はラジオについて定められたものでした。その後、テレビが普及し、ラジオの受信料は昭和43年に廃止になりました。最近は、スマホのワンセグやインターネットでの視聴が出てきたようです。将来、テレビという受信媒体は無くなるか、大きく変容するかもしれません。これからも公共放送が必要か、公共放送の制度を持つとしてもどういう制度にするか、その場合受信料をどうするか。文化、社会のあり方として国民で議論して決めていく必要があると思います。

昭和25年に日本放送協会(NHK)を設けたとき、政治の影響を受けやすい国営放送とせず、また、受信料も税金として強制的に徴収するという強引な形にせず、テレビを持つ人は日本放送協会と契約を締結しなければならないとし、その受信料で公共放送を維持するという制度にしました。強制の仕方が直接的でなく、迂遠ともいえますが、こういう仕組みに理想を求めたのかもしれないと思います。

ただ、この最高裁判決が、契約を強制しても憲法に違反しない理由として、NHKの受信料制度は「憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され」ているのだとしたのを読んで、正直言って、そうだったのかと驚きました。そこで、放送法を見たのですが、法律には、NHKは「公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように、豊かで、かつ、良い放送番組による基幹放送を行う」ことなどを目的とすると書いているだけなのです。さらに、判決は、受信料制度は「特定の個人、団体又は国家機関等からの財政面の支配や影響がNHKに及ぶことがないように」するためのもので、「国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的と」すると書いて、受信契約は法的強制力を持つ規定と解されるとしました。しかし、法律にはそのような文言はありません。この指摘は、NHKが裁判で主張してきたことだと言います。NHKとしては、受信契約の強制が国民の人権を侵害するものでないというために、国民の知る権利を充たすためだと言わざるを得なかったのだと思いますが、受信料を認めてもらうために裁判の場だけで格調高く言っているのでなければよいがという気もします。私は、公共放送の制度目的について国民の理解を深め、また、NHKの自覚を促すために、最高裁判決が制度の趣旨だとして掲げた上記判示を放送法の明文の規定にするのがよいと思います。

NHKの籾井前会長は、「政府が右というものを左と言うわけにいかない」と発言して、批判を浴びました。本当に、NHKという制度が、国民の知る権利を充足させるために、又、民主主義を発展させるためのものであれば、そして、広告収入だけで運営せざるを得ない民間放送と異なる、NHKらしい良質の番組を提供するのであれば、NHKは自ずと国民の支持を得られるのではないかと思います。NHKは、最近まで訴訟のような強制手段はとりませんでした。新聞によりますと、NHKは、これまでに約4000件の訴訟を行ったようですが、未契約の世帯や事業者は約900万件といいますから、訴訟だけでの解決は現実的でなく、結局は、国民、視聴者が意義を理解して受信料を支払う公共放送にしていく努力が要ると思います。

15人の裁判官のなかで、一人だけNHKの請求を認めない意見を出した裁判官がいます。それは、木内道祥裁判官です。大阪の弁護士で、私もよく知っています。人格も見識も立派な人です。木内裁判官は、放送法の規定(64条1項)は、任意の契約締結を前提としているものであるとし、法律は受信契約の内容を定めておらず、また、1世帯に親と子がテレビを持っていたような場合、どちらが契約の主体かを定めておらず、裁判で契約締結を命ずることはできないと判断しました。そして、多数意見は、受信料の支払債務はテレビ設置のときからだとしましたが、木内裁判官は、多数意見は契約成立を判決確定のときであるとしながら、受信料の支払い義務が遡るはおかしいと述べました。この点、多数意見は、「差異が生ずるのは公平といえないから」という理由で、テレビ設置のときから支払債務が発生するとしました。木内裁判官は、放送法が受信料の支払義務を直接的に規定せず、あくまでも視聴者との契約によるとした点を尊重して判断をしたのに対し、多数意見は、法律の不備として解釈で押し切ったという感じがします。

木内裁判官は、2018年1月で定年退官されます。後任の裁判官が政府から発表されましたが、租税法、企業法を専門とする東京の女性の弁護士の方だそうです。これまで、最高裁には、4人の弁護士が裁判官に入り、そのうち一人は大阪又は関西の弁護士でした。最近では大阪の滝井弁護士や田原弁護士が最高裁でよい仕事をされ、木内弁護士もなるほどと思う判断をいくつもされました。市民事件をたくさん経験した人権感覚のある弁護士が最高裁には常にいてもらいたいと思います。(弁護士 松森 彬)

2017年11月 8日 (水)

弁護士法人にしました

私たちの事務所は、これまでは松森と高江の2名の弁護士が共同して運営していましたが、今年(2017年)11月に弁護士法人西天満総合法律事務所を設立し、法人として弁護士業務を行うことにしました。法人の代表には、高江弁護士が就任しました。

病院や診療所で医療法人という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、弁護士法人は2002年にできた比較的新しい制度ですので、ご存知ない方も多いと思います。それまでは複数の弁護士が共同で運営している事務所(法的には組合になるかと思います)はたくさんありましたが、法人制度はありませんでした。

それは、一つには、弁護士は依頼者の権利・利益を守るために他から圧力を受けることなく、裁判官のように業務の独立性が必要だと考えられてきたことが理由です。独立してする仕事で法人組織はなじまないと考えられてきました。もう一つは、個人的色彩の濃い仕事であることが影響していたと思います。アメリカでも、法律事務所の名称は創業者の個人名を付けている事務所が多いようです。その理由をアメリカの弁護士に聞きますと、この仕事は依頼者と弁護士との個人的なつながりが重視されているからだと思うという説明でした。そして、アメリカでも弁護士法人が認められたのは、それほど昔ではなく、認めるかについて消極説もあったと聞きました。それは、会社のようになると、弁護士が依頼者の方を向いて仕事をするのではなく、上司や会社を気にして仕事をするのではないかという危惧からでした。しかし、弁護士が一人で仕事をするのには限度もあり、共同で相談しながらすることが仕事の質や量を高めることは事実だと思います。日本でも、議論のうえ、15年前に弁護士は弁護士法人をつくることができるようになりました。日本には今でも法律事務所がない弁護士過疎地がありますが、そういう所に支店の事務所を出せるのもこの制度の意義の一つだと思います。2017年11月1日現在、全国に1087の弁護士法人ができています。ちなみに現在の日本の弁護士数は3万8843人です。2015年の統計ですが、弁護士法人に所属している弁護士(社員及び従業員)の率は13.2%です。

私たちの事務所が法人にしたのは、個々の弁護士が共同で仕事をするだけでなく、法人とすることで、共同化を進め、業務の質と量の向上をはかり、基盤の安定化と事務所の継続性に役立つと考えたからです。それにより、お客様に、さらに安心、信頼をしていただけるのではないかと思います。私が若いときに仕事をしていました事務所(堂島法律事務所)も50年程前に3人の志のある弁護士が、これからの時代は一人ではなく共同して良い仕事をするべきだという考えで設立した事務所でした。私は20年在籍しましたが、その考えに共鳴していました。

私たちの事務所の名前も、これまでの私と高江弁護士の名前(松森・高江法律事務所)から、「西天満総合法律事務所」に変えました。西天満は、大阪天満宮の西にあたるところから付いた地名です。大阪の裁判所や弁護士会がある地区で、私どもの事務所も1991年の設立以来、西天満にあることから、この名称にしました。

弁護士法人の役目について弁護士法に特に定めはありませんが、医療法は、医療法人の目標を次のように定めています。「医療法人は、自主的にその運営基盤の強化を図るとともに、その提供する医療の質の向上及びその運営の透明性の確保を図り、その地域における医療の重要な担い手としての役割を積極的に果たすよう努めなければならない。」と定めています。弁護士法人としても参考になる目標ではないかと思います。弁護士法人を設けた私たちは、事務所の基盤の強化と、法律業務の質の向上をはかり、司法サービスの担い手である弁護士としての役割を積極的に果たしていきたいと思っています。(弁護士 松森 彬)

2017年9月22日 (金)

憲法に関する判決が少ない日本

「なぜ日本では憲法に関する判決が少ないのか」について泉徳治氏(元最高裁判事、現在弁護士)が大阪弁護士会で講演をされ、聞いてきました。泉氏は、1963年(昭和38年)から2009年(平成21年)まで裁判官をされていた人で、この間、最高裁調査官、事務総長、最高裁判事などを務められました。

日本では、過去70年間に憲法に違反するとした判決は、全部で21件しかありません。そのうち、法令が違憲とされたものが10件で、国の処分が違憲とされたものが11件です。前者の法令が違憲とされたものは、議員定数配分規定が違憲とされた判決や、婚外子の相続分を差別していた民法の規定が違憲とされた判決などがあります。また、後者の国や府県の処分について審理された事件には、県が護国神社の祭りごとに公金を出したことが違憲とされた判決や、令状なしにGPSを車に取り付けた捜査が違憲とされた判決があります。ちなみに、韓国では、27年間に違憲の疑いがあるとされたものも含めて約700件の違憲判決が出ているといいますから、日本の数の少なさがわかります。

泉元判事は、日本の最高裁が違憲判決をほとんど出さない理由を5点指摘されました。第1は、最高裁判事に公務員出身者が多いことです(15人中10人)。また、調査官が全員裁判官で、しかも、憲法を担当している調査官はいないことです。韓国には、憲法裁判所があり、憲法問題を担当している調査官が80人もいるようです。第2に、裁判官には、憲法は単に理念を定めているだけで、国民の権利自由は法律の具体的規定で決まると考える傾向が強いと指摘されました。国民から憲法に違反するという主張が出ていても、法律の解釈に関する主張であるとして憲法判断を避けている判決もあるとのことです。これでは、いくら憲法の問題だと主張しても憲法解釈の判断は出ないことになります。第3は、最高裁の小法廷は、合憲であると判断した大法廷判決を他の法律問題まで引用して拡大解釈する傾向があるとの指摘です。第4として、裁判官には、違憲と判断するのは国の行為が明らかな裁量権の逸脱・乱用があった場合に限られるとする思考が多いと指摘されました。第5として、日本は違憲審査の基準が未成熟であると思うと指摘されました。そして、この点がわが国にとって一番大事な問題ではないかという意見を述べられました。

泉元判事は、違憲判断に慎重な裁判所から適切な違憲の判断を引き出すためには、次の6点が必要であると思うと話されました。

第1は、国の行為で制約をうける国民の権利や自由が憲法により直接保護されているものであることを正面から主張する必要があると話されました。

第2に、同種事件の訴えを多数の裁判所に提起し続け、高裁の違憲判決を1件でも引き出し、最高裁が憲法判断をせざるを得ない状況を作ることが大事だと話されました。

第3に、学者等の協力を得て、外国の判例を資料として提出することも意味があると話されました。

第4に、被疑者の権利などについては自由権規約や同委員会最終見解などを活用して世界の趨勢を気づかせる必要があると話されました。

第5に、個人の基本的人権や少数者の人権、民主政のシステムを守るのは司法の役割であることを強調して、違憲審査基準論を参考にした厳格な審査を要求する必要があるとのことです。

第6に、最高裁は、しばしば「総合的衡量により必要性や合理性が認められるか否か」という基準を立てますが、この基準はあいまいで、どちらの結論も引き出せると指摘されました。これを防ぐには、ドイツの憲法裁判所の考え方である「三段階審査論」が有効であるとして、紹介されました。これは、①第1に、当事者の主張する利益が憲法の定める基本権が保護しているものかの検討をする、②第2に国の行為が基本権を制限するといえる程に強く制約しているかを検討する、③第3に、国の制約が、その目的を達するためのものとしての適合性、必要性、比例性を有しているかを検討するというものです。泉元判事は、憲法問題を審査する手法、審査する基準が日本では育っていないと言われ、その点に最大の問題があると話されました。総合的な考量は、一般の民事事件でも裁判所がよく使う言い回しですが、結論を先に出して、後で理屈を付けることになる危険があります。

泉元判事も指摘されましたが、「憲法は国民の権利・自由を直接に保障しているものだ」という考えが、国民のみならず、裁判官、弁護士にも少ないように思います。日本でも司法が十分に機能を果たすために、司法に携わる弁護士、裁判官が、憲法をもっと活用する必要があると思いました。(弁護士 松森 彬)

2017年9月10日 (日)

弁護士費用が出る保険があります(事故などがあったときは調べて下さい)

日弁連が主催する「弁護士業務改革シンポジウム(第20回)」が9月9日に東京(会場は東大)で開かれ、出席してきました。日弁連は、人権、司法制度、業務などのテーマについて大規模なシンポジウムを定期的に開いています。今回は、私がかねがね大事だと思っている「裁判費用や弁護士費用が出る保険」(権利保護保険あるいは弁護士費用保険といいます)がテーマの一つでしたので、その分科会に出てきました。

ヨーロッパでは100年程前から、この権利保護保険が普及しています。日本は、随分遅れ、2000年に日弁連と保険会社が協力して、自動車保険の特約として発足させました。これは、交通事故で被害を受けた人が裁判所の費用や弁護士費用を保険から出してもらえる制度です。2015年には、この特約が付いた自動車保険は約2400万件になっているそうです。これにより、従前であれば、費用面からあきらめたかもしれないケースも、泣き寝入りをせずに、弁護士に頼んで賠償金を確保できるようになりました。

交通事故の場合だけでなく、日常生活の事故で被害を受けたときも保険金が出るものもあります。そして、契約者本人だけでなく、配偶者や同居の親族が事故にあったときも保険金が出るものが多いようです。

たとえば、①自動車を運転中に追突されてケガをした、②子どもが学校で暴力を受けてケガをした、③歩いていて自転車とぶつかってケガをした、④バイクが盗まれ、部品が壊された、などの場合に弁護士費用が保険から出ます(保険により異なりますので詳細は保険会社にお尋ねください)。

また、火災保険、家財保険、自転車保険、海外旅行保険、医療保険などでも、本人や同居の家族が生活上の事故でケガをしたり、家具が壊れたりしたときに弁護士費用が出る保険があります。

そこで、皆様が、もし、交通事故や日常生活の事故にあったときは、配偶者の保険契約も含めて、パンフレットや約款を調べてください。弁護士費用の特約が付いていれば、相手の対応が納得いかないときに弁護士に頼んで損害賠償を請求できる可能性があります。なお、どの弁護士に依頼するかは契約者が自由に選ぶことができます。

まだまだ日本は権利保護保険の整備が遅れています。今後は、交通事故と生活上の事故だけでなく、その他の紛争にも拡大することが必要です。また、中小企業はコストをかけにくいので、「中小企業のための弁護士費用保険」の普及が課題です。(弁護士 松森 彬)

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