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2021年10月の記事

2021年10月24日 (日)

「新たな訴訟手続」(期間限定訴訟)の新たな制度案の問題点

1 「新たな訴訟手続」の提案

現在、法制審議会の民事訴訟法(IT化関係)部会で、「新たな訴訟手続」という名前の期間限定訴訟の新設が検討されています。
2021年2月の中間試案では、甲案と乙案の2つの制度案と丙案(新たな訴訟手続は設けない)が提示されました。これについて、2月から5月にかけて意見公募手続(パブリックコメント)が行われました。パブリックコメントの結果は、甲案の賛成は提案者の裁判所以外は司法書士会などだけであり、また、乙案に賛成する団体は1団体だけで、賛成はわずかでした。新設しないとする丙案に賛成する意見が、消費者団体、労働団体、各地の弁護士会などから出され、最も多数でした。
しかし、法制審事務局は、新たな訴訟手続の提案を維持するとし、10月15日の部会に新たな事務局案(部会資料26)を提案しました。これが現在、部会で検討されています。なお、部会資料26は、法制審のホームぺージで見ることができます。
法制審部会は2022年1月に答申案をまとめ、2月の法制審総会で結論が出ます。残り数か月という段階になって、また新たな制度案が出てくるのは異常です。もともとこの提案は解決が困難な問題を内在しているため、案が変遷し、迷走しています。

2 制度案の問題点について

部会資料26の制度案も、「新たな訴訟手続」としての基本は従前の案と同じです。すなわち、手続開始から6か月以内に審理を終わるという期間限定の訴訟手続です。
現在提案されている「新たな訴訟手続」は、①裁判を受ける権利などの法理論、訴訟制度論における根本的な問題と、②主張や立証が制限され粗雑な審理、粗雑な判断(ラフジャスティスといわれます)にならないかという問題、③そもそも必要性があるのかという問題、④国の訴訟制度という重大なテーマであるのに、調査、検討、議論ができていない問題など、未解決の問題がてんこ盛りです。

3 期間限定訴訟として持つ根本的な問題

まず、そもそも期間限定訴訟が近代訴訟制度として認められるかという根本問題があります。
第1に、裁判を受ける権利、その具体化の1つである法的審問請求権を侵害しないかという問題があります。松本博之大阪市大名誉教授ら民事訴訟法学者は、法的審問請求権を侵害するおそれがあり、制度化すべきでないとの意見をパブリックコメントに出しておられます。
制度案は、「新たな訴訟手続」が訴訟制度としては不充分な制度であることを認め、その判決に対しては異議を申し立てて、通常の手続による審理を求めることができるとしています。しかし、その審理をする裁判官は判決を書いた同じ裁判官です。これでは、当事者からすれば、予断を完全に排除してもらえるとは考えられず、異議申立を断念すると思われます。これは実質的には裁判を受ける権利の侵害になります。

第2に、訴訟は当事者の攻撃防御方法が尽くされたときに結審するのが原則(裁判成熟性)ですが(民事訴訟法243条)、期間限定訴訟は、その原則よりも、期間終了の原則が優先されるおそれがあります。

第3に、新たな訴訟手続の提案は、当事者の同意、両当事者の合意を根拠にしています。しかし、民事訴訟法が当事者の合意で審理方法を変更できるとしている事項は、管轄の合意や期日の変更など僅かの事項に限られています。それは、訴訟は公権力の行使であるからであり、訴訟制度の公益的な性格、手続の安定性、恣意的な運用の禁止、証拠法則、他の当事者との公平性など考慮すべき点が多いからです。
当事者の同意を理由にして、審理期間という審理の根幹を包括的に変更する訴訟制度を設けてよいかどうかは、本格的論文も、学会での議論も、外国調査もありません。当事者の権利侵害のおそれがないか、他の事件への影響がないかなどの調査、検討が必要です。

第4に、近代訴訟制度を採る先進国にこのような制度は無いと言われています。日本だけが近代訴訟制度の歴史に逆行した訴訟制度を設けることは避けるべきです。少なくとも、それだけの調査、検討、議論をせずに導入するべきではないと考えられます。

4 粗雑な審理、粗雑な判断になるおそれ

審理期間が限定されますので、自ずと期間内にできる主張や立証に制限されます。そこで、文書提出命令や追加で必要になった証人の呼び出しなどは採用されず、その結果、粗雑な審理、粗雑な判断(ラフジャスティスといわれます)になるおそれがあります。
部会資料26の制度案は、消費者事件と個別労働事件では使えないことにしています。消費者団体の委員と労働者団体の委員が法制審の委員になっておられ、両委員が反対したことから、2つの分野を外した可能性があります。しかし、当事者間に情報量や経済力の差があるのは、他にもいろいろな場合があり、この2つの事件類型だけを外す合理的な理由がありません。

5 必要性が乏しい

「新たな訴訟手続」の提案は、当初から、この制度がどういった訴訟において必要とされているのかが不明確です。企業間において事前交渉がかなりなされた事件で互いの資料や証拠はわかっており、最後の折り合いがつかなかったような事件において需要があるといった説明があったくらいです。しかし、そのような事案は、今でも、弁護士と裁判官が協議することで比較的短期間に和解か判決で解決できると考えられます。民事裁判のIT化の審議会で、今、急いで設けなければならないというような必要性(立法事実)はありません。

6 弁護士が付かない事件(本人訴訟)でも使われる

最高裁は、期間限定訴訟を提案した当初、この制度は当事者の権利を制限するが、手続の選択や訴訟の遂行は訴訟代理人として弁護士が付くことで手当てできると説明していました。しかし、部会資料26の制度案は訴訟代理人が付いていることを要件としていません。いわゆる本人訴訟においても使われることを容認しています。これでは、ますます国民の裁判を受ける権利が侵害される危険があります。

7 判決の簡略化、

部会資料26は、「新たな訴訟手続」の判決は要点だけでよいとする制度にしています。甲案や乙案になかった新たな提案です。しかし、法学上、非訟手続における決定は簡単なものでよいとされていますが、新たな訴訟手続は訴訟制度として設けるというのですから、判決の簡略化は認められるべきでありません。
判決は、当該事件の解決だけでなく、判例としての法的、社会的意義があります。簡略化された判決では、その作用、効果を持つことができないので、その点でも判決の簡略化は認められません。

8 新たな訴訟手続には反対、批判が多い

意見公募手続では、新たな訴訟手続に賛成する意見は少なく、消費者団体、労働団体、各地弁護士会などから多数の反対意見が出されました。そして、2021年10月11日には、主婦連などの消費者団体、労働者団体、学者、弁護士などが「新たな訴訟手続を新設しないよう求める共同アピール」を発表し、法制審に送られました。
また、雑誌「世界」やいくつもの新聞に、この提案の問題を指摘した記事や評論が掲載されました。
さらに、東京新聞、中日新聞は、裁判の迅速化は裁判官の増員などによって進めるべきで、期間限定の訴訟は問題であるとの社説を出しました。
日弁連は、2021年3月の意見書で、「甲案には反対する。乙案はこのままでは賛成できない」という意見を出し、全国の多くの弁護士会は、丙案に賛成するとの意見を出しました。乙案は審理計画を作成することが制度の要にしていましたが、部会資料26の制度案は審理計画の手続を前提とした制度ではありません。そこで、部会資料26が提案されたあとの10月19日に、日弁連の理事会は、新たな提案について討議を行いましたが、理事から出た意見はすべて新たな訴訟手続の新設に反対する意見であり、賛成する意見はありませんでした。
弁護士、弁護士会の意見は、新たな訴訟制度は設けるべきでないとする意見がおおかたの総意であり、法制審と法務省は、この事実を考慮するべきであると考えられます。

9 「新たな訴訟手続」の提案は見送られるべきである

現在の訴訟制度以外に、もう一つの期間限定訴訟を設けるか否かは、わが国の司法において一大事です。法制審の部会は、11月に2回、12月に1回、1月に2回、計5回しかありません。この5回には民事裁判のIT化に関する多数の課題の審議も必要です。新たな訴訟手続の制度内容についてはほとんどすべての論点について賛否両方の意見が出たということであり、法制審部会で十分な議論により結論を出すのが難しい状況です。
法制審内部で結論を出すのが難しいだけでなく、多くの弁護士、裁判官、学者などの法律家やマスコミ、国民が、このような提案があることを知りません。そのなかで法制審が要綱案をまとめて提案するのはあまりに異常です。調査、検討、議論ができていない新たな訴訟手続の新設は認められてはならないと考えられます。(弁護士 松森 彬)

 

2021年10月 6日 (水)

最高裁の裁判の期間(どれくらいで判決・決定が出るか)

私が担当しています或る裁判で、当方は勝訴判決を受け、相手方が最高裁に上告受理申立てをしました。お客様から、「最高裁の判決・決定が出るのはいつ頃か」との質問を受けました。最高裁の判決・決定が出ますと、判決が認めた賠償金を受けとることができます。裁判所の統計を使って、最近の上告審の状況をご説明します。

1 最高裁は法律問題を審理
最高裁での裁判は、上告審と呼ばれます。
事実に関する審理は高裁までで、最高裁は法律問題に関する審理を行います。最高裁は、原則として高裁の判決で認定された事実に拘束されます。

2 上告ができる場合
最高裁へ上告ができるのは,①憲法の解釈の誤りがあるとき、あるいは②重大な訴訟手続の違反があるときです。そのようなことは滅多にありませんので、上告が認められるのはゼロか、あっても数件です。(20217月に発表された第9回裁判迅速化検証報告書によりますと、2020年度は上告が受け入れられ、高裁の判決が取り消されたのはゼロでした)。

訴訟法は、上記の理由による上告以外に、③原判決に判例に反する判断があるとき、あるいは④法令の解釈に関する重要な事項を含む事件については,上告受理の申立てを認めています。この上告受理申立ても、圧倒的多数は不受理の決定がされます。2020年度に上告受理申立てが認められたのは、申立があった1902件のうちの32件で、率にして1.7%でした。

3 最高裁で判決・決定が出るまでの期間

上告あるいは上告受理申立てをしますと、その後、50日以内に理由書を提出します。そこから1か月程して、記録が高裁から最高裁に送られます。それは、上告あるいは上告受理申立があってから4か月程後のことになります。

最高裁が判決・決定を出すのは、年によってかなり違いがありますが、この20年間を見ますと、記録が最高裁に届いてから短い年で平均3か月、長い年で平均6か月です。上告あるいは上告受理申立があったときからですと、7か月ないし10か月位後になります。

新型コロナ感染症が拡大する前の2018年は、最高裁の審理期間は平均2.7か月まで短くなっていました。しかし、コロナ感染症の拡大が裁判所の事務にも影響しまして、約2か月も長くなっており、2020年度の審理期間は5.1か月(上告又は上告受理申立から約9.1か月)でした。

期間別にみますと、コロナ禍前の2018年は76%の事件は3か月以内に最高裁の決定が出ていましたが、2020年は32%に激減しました。それでも、2020年度も、全事件の72%が6か月以内(上告又は上告受理申立からですと10か月以内)に判決か決定が出ています。

前記の事件の場合、上告受理申立は今年の5月でしたので、最高裁が昨年の平均の期間で決定を出すと予想しますと、その時期は来年2月頃と思われます。幅を持って予想しますと、早ければ今年12月、遅ければ来年4月ころではないかと思われます。(弁護士 松森 彬)

 

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