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2019年9月16日 (月)

地裁の民事合議事件は危ない(なりたての判事補が主任になっている問題)

1 地方裁判所の民事裁判は、多くが裁判官1人で審理しますが(単独事件)、事件の規模や係争額が大きな事件、あるいは複雑な事案では、裁判官3人の合議体で審理します(合議事件)。「三人寄れば文殊の知恵」と言いますが、裁判官も3人の方が事実認定も法的判断も間違いのない結論が出せると考えられます。合議事件にするか、単独事件にするかは、裁判所が提訴の段階で決めていますが、審理の途中で、裁判官の判断で、あるいは当事者からの希望で、合議体の審理に変更されることもあります。

2 問題は、今の合議体の審理には構造的に誤判になる危険があることです。

私は、これまで、何回か、地裁の合議事件の判決で事実の誤認や判断がおかしいと思った件を経験しましたが、それは、任官まもない裁判官が主任になったケースでした。東京と京都の知り合いの弁護士に、私の意見を話したところ、同様の経験をしたとのことであり、地裁の合議事件は気をつける必要があると言っていました。本来なら3人の裁判官によって説得力のある裁判ができるはずの合議事件で、なぜ勘違いや拙い事実認定があるかについて、私は、3つの問題が原因になっているように思います。

第1は、裁判官(判事補)になってすぐ、あるいは1,2年の人が主任裁判官として判決書きの原案を書くなど判断の中心に関わっていることです。なりたての左陪席裁判官も、研修の意味あいだと思いますが、主任裁判官にして、資料整理、判例検索、合議メモの作成等だけでなく、判決の第1稿を書かせています。なりたての判事補は、学校を出て、1年間の司法修習をしただけですから、年齢は若く、社会経験は少なく、裁判官の仕事に必要な事実認定の仕方や経験則の理解もほとんどできていません。

裁判官は、英米法の国では、法曹一元制度と言いまして、ベテランの弁護士から選ばれます。イギリスでは、40歳以上と決まっているようです。私は、日本でも裁判官は40歳以上とするのがよいと思います。また、ドイツなどの大陸法の国では、若いときから裁判官として養成しますが、若いときは一人では裁判ができません。日本も、裁判所法ができたときは、10年間は判事補として一人では裁判ができないようにしたのですが、裁判官の人数が少なかったので、すぐに制度を変更して、5年経てば、特例判事補として一人で裁判ができるようにしました。そして、合議事件の場合は、裁判長ともう一人の裁判官がいるので、成り立ての人も一人前の裁判官として扱っても大丈夫だろうという発想で、一人前に扱っています。しかし、もう一人の裁判官(右陪席裁判官と言われます)は、自身の手持ちの単独事件だけで忙しく、合議事件の審理にはほとんど関与していません。実質的には、裁判長となりたての左陪席裁判官(判事補)だけで、判断し、判決を書くことになります。裁判長がチェックすることで大丈夫だろうという考えによると思われます。しかし、裁判長も、自身の単独事件も持っていますから忙しく、なかには特例判事補の誤った認定や判断を見抜くことができず、あるいは引きずられることがあります。私は、少なくとも5年以内の未特例判事補(法律上、一人で裁判ができない)は、判例の調査や証拠の整理などの下調べに制限し、原稿とはいえ判決を書かせることは止めさせるべきであると思います。研修はどの分野でも必要ですが、医療や裁判は、人の命や権利、財産に直接関わることですので、関わり方には自ずと制限を設けておく必要があります。

第2は、右陪席裁判官が実質的に合議事件の審理に関与していない問題です。このことは、ほとんどの国民が知らされていないことです。弁護士などでも知らない人もあると思われます。私も若いときは知りませんでした。右陪席裁判官も審理に参画して、合議事件の審理を充実させる必要があります。

第3は、裁判長の負担と異動の問題です。裁判長(部総括裁判官)は、自身の単独事件と合議事件の両方の負担があり、いくらベテランとはいえ仕事量は多く、負担が重いと言われています。また、部総括裁判官の場合、異動(転勤)が急に行われることがあります。わが国の裁判官は数年ごとに異動がありますが、大阪弁護士会が2012年に行った会員に対する民事裁判についてのアンケート調査では、一般に、裁判官の異動による問題を指摘する声が多数ありました。そして、部総括裁判官の場合は、定期的な異動のほかに、所長等への急な転身や、病気や公証人就任などで途中退官される裁判長の後任への異動で、急なことがあります。部総括の異動が結審直後であったりすると、評議や十分な検討の支障となり、勘違いなどの誤判の原因になる危険性があります。

3 地裁の民事合議事件は、裁判制度の重要部分を支えている部分です。最高裁は、近時、民事合議事件のあり方に問題があると感じているようで、裁判所内部で議論をしているようですが、裁判所だけでは、肝心の当事者、代理人の意見、感想がわからず、問題の把握が十分にできないと思われます。また、予算などの制約もあり、きちんとした政策が立案できないおそれがあります。私は、裁判所、弁護士会、学界で、地裁の合議事件の実情と問題の所在を明らかにして、どうあるべきかを、構造的な視点から調査検討し、必要な施策を講じる必要があると思います。(弁護士 松森 彬)

(追記) 大阪弁護士会は大阪地方裁判所と民事裁判について懇談会を開いており、2020年1月の懇談会では、「合議事件」について意見交換が行われました。大阪弁護士会の月刊誌2020年8月号に意見交換の要旨が出ています。それによりますと、今も合議事件の主任裁判官は、一番若い左陪席裁判官がするのが通常であるとのことです。裁判官から、合議事件の審理の充実をはかるため期日ごとに右陪席も入って議論するようにしているとの報告もありますが、実際の期日には右陪席が出席していないことが多く、これでは右陪席がどれだけ関わっているのかが当事者にわかりません。また、なりたての判事補が判決案を書くという一番の問題点について、改善などの議論はされていません。(2020年9月加筆)(弁護士 松森 彬)

(追記) 難しい事件は合議体で審理することは望ましいことですので、2001年の司法制度改革審議会のとき、民事事件の事件のうち少なくとも10%程度は合議事件として審理したいというのが最高裁の意見でした。当時(2000年)の合議事件の割合は4.3%でした。しかし、17年が経過した2017年の割合は4.8%で、ほとんど増えていません。増えない理由について、最高裁の担当者は、2018年3月30日の国会(衆議院法務委員会)での説明で、単独事件を担当している裁判長と右陪席裁判官が忙しいことが主な理由であるとしています。その国会では、アメリカの裁判官は人口比で日本の4倍、イギリスの裁判官は日本の2倍の数であることも説明されています。やはり裁判官の大幅増員が必要です。(2020年12月23日加筆)(弁護士 松森 彬)

(追記)  私のブログの記事で、2022年の上半期に一番多く読まれたのは、この「地裁の合議事件は危ない」という記事です。大きな関心が持たれている理由は何か、それだけ問題だと思われる例が増えているのか、気になります。私が2019年9月にこの記事を書いたのは何件かの裁判でそのように感じたからですが、直接のきっかけは、私が担当していました製造物責任法に関する裁判で、大阪地裁の合議部が平成31年3月28日の判決で事実誤認をして、それを理由に当方敗訴の判決を出したことです。当方は控訴し、大阪高裁は令和3年4月28日に地裁判決の誤認を是正して、当方勝訴の逆転判決を出しました。相手方は上告受理の申立をしましたが、最高裁は令和4年4月19日に申立を認めないとの決定を出しました(ウェストロー・ジャパン掲載)。裁判が確定し、地裁の判決と高裁の判決が最近の判例時報2022年7月1日号(2517号23頁)に掲載されましたので、地裁の合議事件の審理が危ないことを示す実際にあった事例として紹介いたします。

この裁判は、トラックが走行中にエンジンから出火し、トラックを使用していた運送会社がトラックのメーカーに製造物責任法による損害賠償を求めたものでした。大阪地裁は、トラックの取扱説明書の読み方をまちがい、原告会社は取扱説明書で求められている点検整備を行っていなかったと誤認しました。すなわち、取扱説明書には、エアークリーナー(エンジンに吸入する空気のチリやホコリを取り除く装置)のメンテナンスとして、5000キロメートルを走行するごとにインジケーター(計器)を点検して、インジケーターが赤色になったときはエアークリーナーを清掃すること、6回清掃した後または1年ごとにエアークリーナーのエレメント(空気を濾過するフィルター)を交換することを求めています。ところが、裁判官は、取扱説明書の読み方をまちがい、エアークリーナーのエレメントを3万キロメートルごとに交換すべきものと誤解し、会社がエアークリーナーのメンテナンスを怠っていたと誤認しました。高裁で、トラックのメーカーも地裁の判決が誤認していることを認めました。そもそも地裁の判決が指摘することは、被告のトラックのメーカーも一審で主張していなかったのですから、裁判官は勘違いであることに気付くべきでした。推測ですが、おそらく左陪席の新人の判事補が判決の原稿を書き、その際に誤認をしたのではないかと思います。また、裁判長が結審後に他の部に配属替えとなりましたので、多忙をきわめ、原稿のチェックができなかった可能性があるのではないかと思います。原告は、裁判官のお粗末な勘違いで、4年間も審理して勝つべき裁判を敗訴とされました。私も会社も憤りを覚えましたが、このような場合も不服申立は高裁への控訴しかありませんので、控訴しました。その結果は上に書いたとおりです。(2022年7月15日加筆)(弁護士 松森 彬)

(追記) 平成28年度司法研究として「地方裁判所における民事訴訟の合議の在り方に関する研究」が7人の裁判官により行われ、その研究報告書概要(案)が平成30年度民事事件担当裁判官等協議会および事務打ち合わせ資料として使われました(弁護士山中理司氏のブログに掲載されています。司法研究としての出版はされていないようです)。この研究報告書概要(案)は、裁判の質を高めるために合議事件を増やすことには意義があるとしています。そして、法曹一元制(裁判官は弁護士など経験者から選任する)をとる英米法系の国の裁判制度では単独裁判官による裁判が行われますが、キャリア制(大学を出た後すぐに裁判官として採用する)をとる大陸法系の裁判制度では合議制が重視されていることを指摘しています。しかし、日本で合議事件として審理されている事件は全体の3~5%にとどまっており、合議事件を増やす検討が必要であるとしています。また、審理期間が2年を超えている未済事件のうち、その33.5%が合議事件であり、合議事件は時間がかかっていて、滞留しているといいます。合議事件とする基準については、いくつかの部が設けている基準を紹介しており、それによりますと、行政事件、医事関係訴訟、知的財産権訴訟、国家賠償請求事件、公害事件、製造物責任訴訟などは原則として合議事件としているようです。この司法研究は、この記事で取り上げた左陪席裁判官に主任をさせている問題や誤判の問題については全く触れていません。しかし、今の合議事件の裁判は構造的に誤判になりかねない危険な問題を抱えていますので、当事者、弁護士の意見を聞くなどして実情を調査し、法制度及び運用の両面において改善改革をはかることが求められます。(2022年7月31日加筆)(弁護士 松森 彬)

 

 

 

 

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