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2017年3月の記事

2017年3月 8日 (水)

150年前の或る国の大統領(リンカーン)の考え

リンカーンの映画を見まして関心が沸き、文庫本の「リンカーン演説集」(岩波文庫)を読みました。リンカーンがアメリカの大統領であったのは1860年から1865年で、日本では明治になる直前の幕末の時代です。

私がリンカーンについて知っていたことは、奴隷制度を廃止したことと、「人民の人民による人民のための政治」という言葉を使ったことくらいでした。演説集を読んで、かなり昔であるのに国の首長がこんな言葉を使って、こういう話しをしていたのかと感心しました。当時のアメリカは、奴隷制をめぐって南部と北部で内戦をしていて連邦が分裂していました。国のトップの責任は重く、国内の議論は激しく、そのなかで思索は深まったと思われます。今の時代の首相や大統領と比較するのは適当でないと思いますが、国の首長のあり方の一つを提示していると思います。

アメリカは国が独立したときから奴隷制はあり、難問でしたが、リンカーンは奴隷制は廃止しなければならないという信念を貫きます。それとともに、国も制度も人民(ピープル)のものであると明言し、首長は人民から委託されて長を務めている公僕だと言っており、この国の民主制の古さを感じます。

約150年前の或る国の行政の首長が、どんな言葉を使って、どんな話しをしていたか、その一端をご紹介します。

(黒人の権利と奴隷制について)  「黒人は、生活、自由及び幸福の追求に対する権利において平等であります。黒人が己れの手で獲たパンを口にする権利においては、白人黒人を問わず、他のすべての者と平等であります。」(文庫本70頁)

(国や制度は人民のもの)  「この国も、その制度も、この国に居住する人民のものであります。国民が現在の政府に飽きてきた場合には、いつでも憲法上の権利を行使して、政府を改めることもできますし、あるいは革命権を行使して政府を解体し打倒することができるわけであります」(125頁)。「私の望むところは、すべての人々のために政治を司ること(人民のための政治)である」(155頁)。「(われわれが身を捧げるべきは)人民の、人民による、人民のための、政治を地上から絶滅させないため、であります」(179頁)

(公僕である)  「行政長官である大統領の持つ権能はすべて国民に由来するものであります」(127頁)。私は、アメリカ国民の公僕である(118頁)、私の権限は委託されたものである(趣旨)(118頁)

(行政の首長として何をするか)  「できる限りのことをして、各地の人民が完全に安全の保障を与えられるようにし、静かな思索と反省ができるようにしましょう。」「国家の難問を平和裡に解決し、同胞間の共感と愛情を取り戻すという方針と希望とを持って努めたいと思います。」(119頁)

(独裁制への警戒)  多数の意見が尊重されるべきで、少数派の支配は容認できない。無政府や独裁制になることは避けなければならない(趣旨)(122頁)

(アメリカという国について)  「87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、すべての人は平等に作られているという信条に掲げられた、新しい国家をこの大陸に打ち立てました。」(178頁)

(最高裁について)  最高裁の判決は行政において非常な敬意と尊重が払われるべきである。国民も、その限度において国民の政治を事実上最高裁の手に委ねたことを認めなければならない(123頁)。

上記は私が通勤途中に読んで共感を覚えた個所です。国の首長のあり方や政治のあり方を考えることができる本であると思います。(弁護士 松森 彬)

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2017年3月 4日 (土)

検察の勾留請求が却下されました

先月になりますが、逮捕された人から弁護人を頼まれた事件で、2日間の逮捕のあと検察官は10日間の勾留を請求しましたが、裁判官は勾留を認めませんでした。被疑者は罪となる事実を認めており、証拠もあり、逃亡のおそれも全く無い人です。その日のうちに釈放され、その後は自宅から警察での取り調べに通っています。証拠を隠すおそれがあるとか逃亡のおそれがあるという場合は別ですが、そうでない限り、「在宅捜査」が原則であってよいと改めて思います。本人と家族の心身の負担が全然違います。

一般に、逮捕された被疑者は48時間(2日間)以内に検察官に送致されます。捜査機関が拘束を続けたいときは、検察官は送致を受けてから24時間以内に、かつ、逮捕から72時間(3日間)以内に裁判所に勾留請求をしなければなりません。

これまでは、逮捕の後、ほとんど(9割以上)が10日間の勾留を請求され、裁判所はほぼすべて勾留を認めていました。約10年前(平成16年)に裁判官が勾留を却下したのは、1%よりさらに少ない0.3%でした。

10年程前から、少しずつですが裁判所が勾留を認めない例が増えてきました。平成26年の却下率は2.2%で、まだまだ少ないのですが、それでも10年前の7倍になっています。また、起訴されたあと判決より前に釈放する「保釈」も認められる率が増えています。平成26年は勾留された被告人のうち4分の1の保釈が認められました。

しかも、かつては地裁や簡裁で勾留請求が却下されると、検察官は準抗告(不服申立)を行い、上の裁判所が逆転の判断をして勾留が認められることもよくありましたが、今回、検察官は準抗告をしませんでした。最高裁判所が平成26年、27年に立て続けに身体拘束を安易に認めない決定を出しており、最高裁が考え方を明確に示してきていることも影響しているように思います。

日本の警察の取調べは身体を拘束して行うのが普通とされ、裁判所もそれを追認してきました。そこで、「人質司法」だと言われてきました。私が前にこのブログにも書いた志布志事件では、その後無罪判決が出た県議会議員は395日拘束され、その奥さんは273日拘束されました。否認すると保釈が認められず、うそでも自白をすると、また保釈が認められないという、まさに「人質司法」が行われました。

司法改革で、「裁判員裁判」が導入され、刑事裁判に市民が参加して、裁判や捜査の実情が人々の目の前にさらされることになりました。また、「被疑者弁護」の制度が導入され、逮捕段階から弁護士が付くようになりました。このような動きが影響しているのだと思いますが、裁判官は本当に勾留が必要かを慎重に検討するようになってきたのかもしれません。明るい兆しだと思います。弁護士と弁護士会も、弁護人活動の充実に努める必要があると思います。(弁護士 松森 彬)

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