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2016年12月の記事

2016年12月26日 (月)

日弁連の「司法シンポジウム」 ーいま、司法が果たすべき役割

東京の弁護士会館で、2016年11月5日に「いま、司法が果たすべき役割とはー法の支配の確立をめざしてー」というシンポジウムがありました。これは、日弁連が2年に一度開催している司法シンポジウムで、今年は第27回になります。ちなみに第1回は1973年(昭和48年)で、遅延していた裁判がテーマだったようです。私が弁護士になって2年目の年です。

私もかつて司法シンポジウムの実行委員をしましたが、今年は聞く側で参加しました。これまでは、裁判制度や裁判官制度、弁護士制度、司法改革などのテーマでしたが、今年は「司法の役割」というテーマで、裁判所が憲法の番人たりうるかが議論されました。これは、最近、憲法や立憲主義について国内に大きな議論があり、学者らの意見表明もあり、あるいは夫婦制度についての最高裁の判決があるなど、人権や憲法に関する関心が高まっているためです。私は、当日の議論を聞きまして、日弁連がこれから取り組むべきテーマと方向を示したものとして大変意義のある会議であったと思いました。

第1部では、裁判が権利の実現にどのように役立っているかが報告されました。最高裁判決を中心に36件の判決と、過労死の裁判やハンセン病の裁判、性的少数者の裁判などが取り上げられました。

第2部では、最高裁で違憲だという判決が出たのは2000年までは50年間にたった5件しかなかったのですが、2000年以降は15年間で5件あることについて議論がされました。

アメリカの最高裁では2009年までの63年間に連邦法について違憲判決が102件あり、州法については495件もの違憲判決が出ているようです。金沢孝准教授は、「アメリカでも50年かかって今の姿を作ってきた。それにより最高裁は『自由の守護者』としての信頼を国民から得てきた。日本でも参考になるはずだ。」、「日本では表現の自由について国民の間に認識が弱い。裁判所は憲法文化を刺激して発展させてほしい」という話しをされました。

第3部では、青井未帆教授、伊藤真弁護士、井戸謙一元裁判官、見平典准教授によるパネルディスカッションが行われました。司法の役割や、裁判所が憲法の番人の役割を果たすためにどうするか等について議論がされました。

また、司法の役割について研究者、報道関係者、訴訟当事者などの声も紹介され、そこには作家の黒木亮さんや山田洋次監督の意見もありました。これらは基調報告書に収録されています。

今回の司法シンポジウムは、立憲主義が危うくなっている今の状況を踏まえて大事な議論がされたと思いました。日弁連は、他にも人権シンポジウムや業務改革シンポジウムなどを行っていますが、シンポジウムで確認できたテーマをその後のふだんの弁護士会の委員会活動で必ずしも活かせていないという問題があります。今回の準備には中堅、若手の会員がたくさん参加されておられるようで、継続的に取り組んでいただけるのではないかと思いました。(弁護士 松森 彬)

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2016年12月 4日 (日)

「裁判を受ける権利」の今(新聞記事のご紹介)(弁護士松森 彬)

全国の地方紙で「憲法のいま 公布70年」という記事が連載されています。その一つとして憲法32条と37条が定める「裁判を受ける権利」の実情について書いた記事が11月に出ました。これは共同通信の竹田昌弘編集委員が書かれた署名記事で、全国の地方紙に掲載されました(東奥日報、北日本、信濃毎日、中部経済、岐阜、山陽、中国、琉球新報など)。民事裁判と刑事裁判の両方について審理が十分でなく当事者に不満がある状況が書かれています。私は、民事裁判について取材を受け、記事では下記のように紹介されました。

 

記事の見出しには「迅速化の陰 当事者不満」、「民事1審 84%尋問なし」、「刑事事件でも『時間がない』」と書かれていました。

 記事は「2000年代の司法制度改革で、裁判は2年以内のできるだけ短い期間内に終わらせると定めた裁判迅速化法ができた。迅速化は充実した審理が前提であったが、『裁判を急ぎ、証拠を調べてくれない』などの声も多い。憲法32条や37条(刑事裁判を受ける権利)で保障された『裁判』とは、公正、適正な裁判ではないのか」という文章で始まります。なお、憲法の32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と定めています。

 

記事は、「『証人や当事者の尋問が減るなど、民事の審理は十分でない。審理を急ぐ裁判官は主張をまとめた準備書面や書証(文書の証拠)などで判断できると思い込んでいる』と弁護士の松森彬さん。大阪弁護士会の民事裁判調査チームで座長を務めた。」、「松森さんは、『40年前と比べると、尋問は4分の1、現場を見る検証は20分の1、裁判所は文書の提出命令も出せるが、なかなか出さない。証拠を集めず、独善的に判断されるので、当事者は納得しない』と指摘する。」、「松森さんが2014年の統計で計算すると、高裁の控訴審は78%が弁論1回で結審している。」、「また、控訴審では、次のような経験もした。松森さんが代理人を務めた主婦は株を売るように言ったのに証券会社の担当者は売らず、損失が出たので提訴した。主婦は一審で『株は夫に内緒だったので言い出せず、毎晩悩んだ』と証言した。だが、大阪高裁の裁判官は『主婦は夫に相談して夫から言ってもらうべきだ』と述べた。『一審の記録を読んでいないとしか思えず、驚いた。迅速さを求めるばかりで審理はうわべだけだ』と松森さんは嘆く。」と書かれています。

 

また、記事では、学者が行った裁判を経験した人に対するアンケート調査結果も紹介されています。「民事裁判利用者調査で、『充実した審理が行われたと思う』人は37%で、「思わない」人が26%あった。司法が『権利を十分に実現している(あるいは守っている)』は27%しかいなかった」と書かれています。

 

司法は、立法、行政と並ぶ国の3つの役割の一つで、本来は大変大きな役割を果たすものです。しかし、日本の司法制度は明治時代になって西洋から輸入したもので、未だに身に付いていないようです。医療は、かつて3時間待って3分診療だと批判されましたが、患者の権利が医師にも患者にも自覚されるなかで、随分と改善しました。司法の予算を増やし、裁判官を増員し、充実した審理を行う司法にする必要があります。(弁護士 松森 彬)

(追記) このブログを書いたあと、山形新聞、大阪日日新聞、沖縄タイムスにも上記の記事が掲載されたと知人の弁護士からお聞きしました。そのお一人は、「最近は拙速裁判の傾向が強まっている。そのため敗訴者の不満が以前よりも強い傾向があることを感じている」という感想を示されました(2016年12月17日加筆)。

 

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