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2012年4月28日 (土)

恩師のお別れの会に出て

私が独立する前の法律事務所でご指導をいただいた木村保男弁護士が今年2月に亡くなられ、昨日、お別れの会がありました。生前から葬儀はいらないと言われ、生命保険のお金でみんなで集まって食事をしてほしいと言われていたようで、昨日は知人、友人など約300人が出席されました。

今、伊丹空港は午後9時以降飛行機は飛ばず、周辺地域は静かな夜が確保されていますが、これは、木村弁護士が弁護団長をされていた大阪空港公害裁判の成果です。私も、昭和47年弁護士に登録したときから弁護団に入れていただき、そこでも裁判終結まで10年間指導をいただきました。

木村弁護士はお父さんが戦争から帰還してまもなく亡くなられ、家の八百屋を継ぐために高校は定時制に行って勉強されました。弁護士になってからは、36歳で弁護団長に担がれ、空港公害の解決に尽力されました。その後、庶民や中小企業の相談にのり、弁護士会の会長を務め、出身の大学の後輩の育成にもあたられました。

落語が好きで、ウィットに富んだ話しをされ、人に対する暖かいまなざしを持っておられました。多くの若い弁護士が木村弁護士を尊敬し、目標としてこられたことが、昨日の会でもわかりました。

弁護士は何を大事にして仕事をするか、その基本を後輩に示されたように思います。弁護士法は、弁護士の使命として、基本的人権の擁護と社会正義の実現というように簡単に書いているだけですが、木村弁護士が示された生き方、考え方は、次の世代の弁護士に引き継がれるものだと思います。(弁護士 松森 彬)

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